BLUE SKYの神様へ〜人魚の子守唄〜


 

―正直、あの頃の俺は母さんが嫌いだったー

 

 「何で・・・・・何で俺がお前と一緒に魚を取らなければならん!」

 俺は大きな声で叫んだ。

 「仕方ないじゃん。ルイとレイン君が喧嘩なんかするからだよ

 どうせルイが原因だろうけど・・・・・」

 「何だと!悪いのはこの緑髪だ!

 それに、あれは喧嘩ではない。決闘だ!決闘!」

 「へ〜決闘ね〜」

 俺の言葉にミネルはシラーっと答える。

 俺たちは今インペリアに流れる川に来ている。

 稽古の途中で喧嘩を起こしてしまい、その罰として食料調達をしていた。

 俺とアイツは膝まで水につかり、魚を取っている。

 「大体、貴様がだな・・・・・・」

 「はあ?」

 俺の言葉にアイツは睨んでくる。

 「き・き・・・・・貴様が質問に答えないからだ!」

 「答えられない質問をするかだ」

 「なな・・・・・・!」

 アイツはサラリと答えるため俺の怒りはますます熱を持つ。

 「何を聞いたの?」

 河原に座っているミネルが聞いてくる。

「生まれ故郷と、親はどんな奴か・・・・・」

「ふ〜ん・・・・・・」

 ミネルが俺の言葉を流す。

 「もういいんじゃないのか?かなり採ったぞ」

 アイツがミネルに聞く。

 「う〜ん。何匹いるか聞いてみるよ。上がって待ってて!」

 そう言ってミネルは地区の方へ走って行った。

 俺たちは岸に上がる。

 「何が答えられないだ!」

 「それが答えられないから仕方ないだろう!」

 「・・・・・・もう知らん!」

 全く・・・・・・。

 皆はナゼこんなどこの馬の骨かも分からんアイツを入れたのだ!

 もしかしたら軍の者かも知れないのに・・・・・・。

 自分の事もあまり話さず、このシルメリア住みつきやがって。

 この緑髪。

 「じゃあ・・・・・」

 「ああ?」

 アイツの声に俺は嫌そうに聞いた。

 「じゃあ、お前の親はどうなんだ?」

 「・・・・・・・」

 俺はウッとたじろぐ。

 「このシルメリアを作ったのだろう?どんな人だったんだ?」

 「・・・・・・・」

 「おい。聞こえてるか?」

 「聞こえている!」

 俺はアイツの方に向かって叫んだ。

 「何故お前に俺の親の話をしなければならん!」

 俺の言葉に、アイツはキョトンとし、少しの間を空けるとそっぽを向いた。

 「お前が親について聞いてきたからだ。

  言いたくないのなら怒鳴らずにそう言えよ」

 「怒鳴ってない!!

 「それを怒鳴るって言うんだよ」

 「・・・・・・・」

 ついカッとなってしまった俺はシュンとなった。

 「ぉーぃ!」

 川の向こうで手を振っているミネルが見える。

 「何やってんだ!」

 「誰に聞けばいいか分かんなくって・・・・・・。

  サリエルに聞いたらもうそれぐらいでいいって!」

 「分かった!」

 「それよりルイはあっち行ってって!」

 「そうか・・・・・・今日か・・・・・」

 俺はミネルの言葉を聴いてぼそりと言った。

  

 

 

 俺はインペリアの隅に位置する湖に来ていた。

 湖のほとりに着いた俺はゆっくり深呼吸をし、息を整えた。

 湖に沿って歩いていく・・・・・・。

 こっちに来るのも久しぶりだが、そこにはやはりいつ来ても変わらない風景が広がっていた。

 少し歩くと、目的の岩が見えてくる。

 その岩は俺より一回り小さく、真っ白だった。

 そっとその岩を触る・・・・・・。

 「来たぞ。母さん・・・・・・」

 

 

 十一年前。

 その時はまだ母さんも父親もインペリアに居たし、俺もまだまだガキだった。

 それに、『過去の鎖に縛られし者』だということも知らなかったし、軍とシルメリアが緊迫しているということも知らなかった。

 唯一知っていたのは・・・・・・。

 「母さん!見て見て!」

 林を抜け湖へ走って行くと、いつもそこに笑顔の母さんがいることだけだった。

 「母さん見て!ほら!」

 俺は手の平で水を浮かせて見せた。

 これが俺の初めて使えるようになった能力だった。

 俺が行くと、いつも母さんはあの白い岩に座っていた。

 俺と同じ水色の髪、金色の瞳。

 そして下半身から生えているひれ。

 そう、母さんは正真正銘のビースト、人魚だ。

 親父は軍を抜けて、町に着いた時母さんを見つけた。

 母さんは売り物としてずっと歌を歌っていたらしい。

 その姿に親父は一目惚れしたと聞いた。

 母さんはいつも同じ歌を歌っていた。

 ゆっくりとしたテンポ。透き通った歌声。

 歌詞は全く知らない言葉だった。

 「母さん!」

 俺は母さんに声をかけた。

 母さんは歌を止めると俺の頭をそっと撫でてくれた。

 「へへ・・・・・・」

 撫でられるといつも顔が赤くなるのを覚えている。

 俺はつい癖で鰭を触る。

 まだあの頃にあった、耳下の鰭。

 ビーストである証拠。

 それは母さんの子どもだという証。

 それがどことなく好きで誇らしかった。

 「母さん、すごいでしょ。

  僕も能力が使えるようになったんだよ!」

 母さんは俺の言葉にただうなずき、微笑むだけ・・・・・・。

 いつもそう・・・・・・。

 俺は正直、そんな母さんが嫌いだった。

 やさしい母さん。

 いつも俺のために歌ってくれる・・・・・・。

 でも、違うんだ。

 俺はただ、自分の『ルイ』という名前を呼んで欲しいだけなんだ。

 そしてできれば一緒に話しをしたい。

 あの時の俺はそう思っていた。

 

 

 そんなある日だった。

 「嫌だ!」

 「ルイ、わがまま言うな!」

 「嫌だ!僕だってシルメリアの戦士だ!」

 俺は兄貴の腹をぽかぽか殴った。

 「ライ兄ちゃんはズルイ!

  僕も戦う!」

 丁度その時、軍との戦争を始めていて、シルメリアの勝利を間近にしていた。

 しかし、状況はどちらも悪く、平原での決戦で勝敗が決まろうとしていた。

 「お前はまだ幼い。それに、俺みたいに七班にも所属していないだろう?」

 「してない・・・・・・けど。

  でも、僕も父さんの息子だ!」

 「駄目だ!

 兄貴の怒り声に俺は驚きを隠せなかった。

 そういえばあの時が初めてだった・・・・・・兄貴に怒鳴られたの。

 俺のシュンとした顔を見て、兄貴はいつものニヤリ顔で言った。

 「大丈夫だ。俺と親父で何とかするから。

  ほら、親父がいつも言ってること言ってみな」

 「『俺たちは絶対この世界を変える。だから今自分が一番しなければならないことをする』・・・・・・」

 「そうだ!

  ルイの今一番しないといけないことは何だ?」

 「ここで・・・・・・おとなしく」

 「そうだ。ルイは皆と一緒にいろ。な?」

 「うん・・・」

 「よし!」

 兄貴は俺の頭を、右手で撫でた。

 今はない兄貴の右腕で。

 「ねえ・・・・・・兄ちゃん」

 「ん?」

 「母さんがしゃべるとこ見たことある?」

 「ああ・・・・・。昔何度か・・・・・」

 「なんで今はしゃべらないの?」

 「お前が生まれる時高熱出して、それで声出なくなったらしい」

 「・・・・ぇ?」

 「まあ、元々おふくろはあんまり話をしない人だったしな。

 それに、人魚は歌を歌うための喉は体の中にあるらしいし・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 「何かあったか?」

 突然黙り込んだ俺に兄貴は不思議そうに聞く。

 「う・・・・・・ううん。何にも」

 「じゃ。ちゃんと居るんだぞ!」

 そう言って兄貴は今は俺の刀になっているあの魔剣を持って戦場へと向かった。

 

 

 俺は兄貴に言われたとおり、地区の広場に居た。

 母さんの所に行って、本当に俺のせいで声が出なくなったのか聞きたかった。

だが、今俺がしなければならないのはここで皆の帰りを待つことだと思った。

兄貴も、親父もいつものようにへらへらして帰ってくると思っていた。

それで、皆でいつものようにドンチャン騒ぎをするんだと思っていた。

思って・・・・・・いた。

「兄ちゃん!兄ちゃん!」

でも、帰ってきた兄貴の姿は全身血まみれだった。

兄貴の体は冷たく、息も辛うじてしているといった状況だった。

右腕、右足を獣に食い斬られたように、もぎ取られていた。

「ぐ、軍は、ビースト群を使ってきた。

 俺たちの・・・・・・仲間を使ってきた・・・・・。

 兵器として。

 皆、そいつらに殺られた。

 俺は・・・・呪いをかけられた」

 「兄ちゃん!」

 兄貴はまだ体と繋がっている方の手で半泣きの俺の頭を撫でた。

 「戦争は俺たちの勝利だ。

  でも・・・・親父が殺られた」

 「・・・・・・え?」

 「俺を庇って・・・・・・」

 「う・・・・・・嘘!」

 「ル・・・ルイ」

 「嘘!・・・嘘!・・・・・・ウソ!」

  「ルイ」

  兄貴の目には涙がこぼれていた。

  その涙が全てを物語っていた。

  俺は兄貴の腕を払いのけ、部屋を飛び出した。

 本当だってことは分かってた。

 でも、信じたくなかった・・・・・・。

 走り続けてやってきたのはやはり、この湖だった。

 「母さん!」

 母さんはいつもの様に岩に座りあの歌を歌っていた。

 「母さん!」

 俺は母さんに飛びついた。

 「う・・・・・・うう・・・・・・」

そして泣き続けた。

声を上げて・・・・・・。

その間母さんは頭を撫でて歌ってくれた。

違う・・・・・んだ。

俺がして欲しかったのは、親父みたいに名前を呼んでくれて、思いっきり抱きしめて欲しかったんだ。

でも、その声は俺が奪ってしまったんだ。

俺は自分が奪ったものを求めていたんだ・・・・・・。

「・・・・・・!」

急に後ろの物陰からガサガサと音がし始めた。

「・・・・・・・・と、父さん?」

親父じゃないことは分かっていた。

でも聞きたくて仕方がなかった。

「おい!こっちだ!」

そこから出てきたのは親父ではなく、黒色の軍服姿の男たちだった。

そいつらは俺たちを見つけると叫んだ!

「ここにビーストがいる!忌々しい化け物め!」

「殺せ!」

軍人たちは俺たちに近づき、俺の腕を掴んだ。

「この子ども、頬に鰭がついてるぞ!」

「止めて!・・・・・・母さん!」

俺は暴れながら叫んだ。

母さんも男どもに取り押さえられていた。

 「止めて!止めて!母さん!」

 「・・・・・・!」

 母さんは俺に向かって手を伸ばす。

 俺も手を伸ばす。

 「化け物!」

 軍人どもが俺たちを睨んでくる。

 「嫌!嫌!いやー!」

 俺はますますもがいた。

 「い・・・・・・」

 ザン・・・・・・・!

 耳元で音がしたと思うと急に激痛に襲われる。

 「ぁぁぁああああ!」

 俺の鰭が地面し落ち、耳元から血が流れる。

 「ぁぁああああ・・・・・・」

 「うるさいガキだ!」

 そう言い男が俺に向かって刀を上げた。

 「ぁ・・・・・・」

 振り下ろされた刀は俺ではなく。

 「母さん・・・・・・」

 俺を庇った母さんの肩を切り裂いていた。

 「かあ・・・・・・さん?」

 俺の声に母さんはにっこりと笑い、そのまま地面にドサリと倒れた。

 「・・・・・・・・」

 母さんの白い肌から赤い血が流れる。

「息子を庇ったか。だが同じこと。

 お前もすぐ母親の元につれていってやる」

「・・・・・・・」

 「お前らビーストはこの世には必要ないのだ化け物!」

 男はもう一度刀を上げた。

 俺は何かが沸きあがり、我を制御できなくなっていた。

 「い・・・・いや・・・・いや・・・・・嫌!

 その瞬間、何もかもが真っ白になった。

 気付くとそこには母さんとたくさんの死体が転がっていた。

 シルメリアの皆が俺を見つけてくれた時、俺は軍人の死体の真ん中で母さんの亡骸に泣き崩れていたらしい。

 その時の記憶ははっきり覚えていない。
 
 俺があの時初めて人を殺したという実感も今となってはもう感じない。

 

 

 「あれから十一年か」

 俺は自分の鰭があったはずの傷口を触りながら言った。

 「はあ・・・」

 俺がため息をつくと、後ろからなにやらガサガサと音が聞こえてきた。

 俺は刀を持ち、いつでも構えられるような格好になる。

 林から出てきたのは・・・

 「あ、いた!」

 緑髪のアイツだった。

 俺は地面に置き、座りなおしていた。

 「何しに来た!」

 「いや・・・・っと・・・」

 アイツはそういいながらこっちに向かってくる。

 「悪かった・・・」

 「何が?」

 俺はそっぽを向いた。

 こいつの顔を見るとイライラする。

 「お前の・・・親の話聞いた」

 「な!誰から!」

 突然の言葉で俺はそっぽを向けていた顔をそいつに向ける。

 「ミネルから」

 「ったく。ミネルの奴・・・・・・」

 「お前・・・っと・・・その・・・」

 柄にもなく、アイツは俺にかける言葉を捜しているようだ。

 「もういい!」

 俺はそう言ってまたそっぽを向きなおした。

 「でも・・・いいな」

 「何が?」

 「俺の親は、まだ生きているが、親らしいことを一度もしてもらったことはない。

 それに、俺はあの人たちを親と認識していない」

 「お前・・・・・・」

 俺が向くと、アイツは急に大きく翼を広げた。

 そして、深呼吸すると、ゆっくり歌いだした。

  

  知らない言葉の歌。

その歌とともに風が舞いだす。

 なぜか落ち着く・・・・・。

  

 と俺は息を呑んだ。

 知ってる・・・・・・このフレーズ。

 「母さんの・・・・・・歌・・・・・・」

 懐かしさが俺の心に湧き上がる。

 「おい!この歌どこで!」

 アイツは歌を歌うのをやめ、なびく髪を分けながら言った。

 「ここに来る前に寄った町の商人から教えてもらったんだ。

 古代から伝わる子守唄らしい」

 そしてまた歌いだした。

 歌に合わせ森の木々たちが葉を揺らす。

 水面が揺れ風が舞う。

 知っている歌。

 歌詞の意味は分からないが、覚えている。

  

 「ん?おい!」

 「ったくなんだ!」

 俺の言葉にイラつかせながらアイツは歌を止めた。

 「さっきのフレーズ・・・・・

  俺は『ラートル』って聞いたんだが・・・・・」

 「ラートル?」

 アイツは不思議そうに聞き返した。

 そう歌詞が違う。

 母さんが歌っていた歌だと・・・・・。

 「ラートルって言えば、たしか俺の知り合いが読んでた・・・。

  昔からある物語の主人公の名前だ。

 それを、入れて訳すと・・・・・・

 『愛するわが子よ、泣かないで。

  大丈夫、闇はすぐ消える。

  空を見なさい。こんなにも青い。

  地を見なさい。こんなにも美しい。

  だから強く生きなさい。

  私の愛する『人魚の息子(ラートル)』」

 「嘘だろ・・・・・・・」

 俺は顔に両手を当てた。

 ずっと呼んでてくれたんだ。

 俺を・・・・・・。

 ずっと・・・・・・。

 「何だよそれ・・・・・・」

 つい声が漏れる。

 「っ・・・・・・」

 アイツは俺を一度見て間を空けると、何も言わずに林へ消えて行った。

 「何だアイツ・・・・・・気使ってんのか?」

 その声に俺は泣きそうなのだと気づいた。

 「母さん・・・・・・」

ずっと呼んでたんだ。

 湖の湖を覗く。

 そこにはあの頃と変わらない俺がいた。

 弱くてちっぽけな俺が・・・・・・。

 いや・・・・・・あの時とは

 あの時の俺とは。

 強さも、心も。

 そして、母さんや親父の思いを知った俺は昔とは違う!

 「ぁりがとう・・・・・・・」

俺は刀を握り、立ち上がった。

湖からの風が俺を勇気づけてくれる。

俺は湖に背を向けて歩き出した。

母さんがくれた歌と共に。

俺は人魚の息子ルイ。

父アレク・母フォートゥナの意思を継ぐ者なり!


 

〜あとがき〜

はい、今回はルイ視点でしたがどうだったでしょうか?
私的には短編の「サンフラワー」とかぶっていて「ぬぬ〜」な感じです。
でも、あの作品より出来いいので満足ですかね?
この話は本当は本編の中に取り入れようと考えていたのですが、なかなか機会がなくて番外に・・・。
今亡き母の存在はルイの中で大きいでしょうね
さらに、本編シルメリア編では出てこない存在「シルメリア初代長、アレク」の性格が少し見せれたのがうれしいです。
でも、かなり昔に書いたんで結構恥ずかしかったり・・・・。
水面のように揺れるルイの心。
彼もレインと同じくらいたくさんの思いにつぶされそうになりながら生きているんでしょうね。


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