マリオネットハート(後編)
東間は青色の溶媒液に身を捧げ、眠っているサヤを眺めた。
この子は何も悪くないのに・・・。
何も関係ないのに・・・。
ゆっくり歩き、ガラスに手を当てる。
「サヤ・・・」
心が急に苦しくなる。
目の前にいるこの子がいとおしくて・・・。
「・・・・・・・・・・」
東間はガラスに額を当てた。
溶液がゆれる。
東間はゆっくりとガラスを見つめると、そこには目を開けたサヤがいた。
「サヤ!」
サヤはかすかに口を動かす。
ア・・・ズ・・マ・・・・。
「サヤ・・・」
サヤは白のワンピースの裾を揺らしながら、東間の前まで顔を近づけた。
そして、手を東間の手に合わせるようにガラスに当てる。
黒髪が溶液になびく。
東間はもう一度、ガラスに額を当てた。
サヤも同じように額を当てる。
ガラス一枚が二人の距離を離していた。
「サヤ・・・・」
東間はサヤに微笑んだ。
ゴッボボボオォォ・・・・
大きな音を上げてサヤの培養液が抜けていく。
ゆっくりと溶液が抜けると、ガラスが動き、溶媒機が地面に動いていった。
サヤはたくさんのコードを引きずりながら、東間の方へ向かった。
東間は濡れたサヤをタオルで包み、抱きしめた。
「東間!」
「サヤ・・・ごめんな」
「東間!」
「もう、大丈夫。良くがんばったな」
「ううん。溶液に入っていても、東間がずっといてくれたの分かったから」
サヤは嬉しそうに東間を見た。
そんな光景をKは壁に寄りかかり、腕を組んで見ていた。
あれから三日間。東間はKと口をきいていなかった。
研究はきちんとこなすが、サヤの部屋から出ることなく、ずっと溶媒機を離れることはなかった。
「東間!溶媒機の時と、今の状態を検査して、記録しておけ。
明日には最終テストを行う」
Kがそう叫ぶと、東間は睨むように振り返った。
「私も含め、ほとんどの研究員は外に出てくる。
あとのことはお前に任せた」
Kはその目を睨むと、サヤの部屋を後にした。
「東間・・・・?Kと喧嘩した?」
「ん・・?してないよ」
そう、Kとはサヤの命の理由が違うだけ・・・。
サヤは人形ではない。
人間だ!
俺は、サヤを生かしたい。
生きてもらいたい。
「東間・・・」
「ん・・・・・・・?」
「最終テスト・・・って?」
サヤが不安そうに言った。
「サヤはもうすぐ自由になるんだ」
「じ、自由?」
「そう、もうすぐ一緒に外に出れるんだ」
東間は嬉しそうに言った。
「一緒に!」
サヤも、東間の顔につられて笑った。
たくさんのパイプは全てサヤに繋がっている。
しかし、もうサヤにはパイプ無しで生活できる検証が認められた。
そう、サヤは本当の人間として外で生活できるようになるのだ。
「一緒に、青空を見よう」
「青空?」
「そう、とってもきれいな。
俺もずっと見てないから・・・」
東間はもう一度サヤを抱きしめた。
「東間の体、ドクドク言ってる」
「うん・・・」
「私ね・・・・東間にたくさんの言葉、教わった。
自分でも、たくさん思い出した。
けど思い出せない言葉ある・・」
「・・・・・・・・・・」
「胸が苦しくて、痛くて、怖くて、でも東間がいたらすごく安心する・・・。
何だろう・・・分かんない・・・」
サヤはボソッと言った。
「分かるよ・・・その言葉。
俺もなってるから。
苦しくて、痛くて・・・・」
「え?」
サヤは東間の方を見た。
ビ――――――――――――――
ものすごい音と、機械の強烈な光に二人は同時にビクついた。
赤いランプが激しく点滅する。
「緊急信号!」
東間は機械の所まで行くと、ボタンを押した。
「東間!」
とたんにKの声が聞こえた。
「早く逃げろ!」
「は?何で!」
「国家に見つかった!これからそこに・・・研究所に軍が突入する」
「は・・・なっ!」
「国家にこの研究を知られては困る。
我々の研究が知れてしまったら、必ずつかまる。
研究所を燃やし、逃げるんだ!」
「え!でもサヤは!」
「『S21A6Y』も共に処分だ!」
「な!何言ってんだ!」
東間は怒鳴った。
「研究はまた行う。
代わりなどいくらでもいる。
今問題なのは研究が国家にバレては元もこのないのだ。
合流はすぐ先の港!
いいな!」
「『代わりはいくらでもいる』?
ふざけるな!」
東間は機械を殴った。
「サヤの命を何だと思っている!
確かに、研究内容を隠滅させ、港には向かう。
だが、サヤも連れて行く!」
東間はそうとだけ言うと、スイッチを拳でつぶした。
「クソッ!」
東間は激怒した。
「東間・・・・」
サヤが不安そうに声をかける。
「サヤ、痛いかもしれないけど、我慢して!」
「え?」
東間はサヤの背中に回った。
「これから全部のパイプを抜くから!」
「でも、それは明日・・・」
「いいから!」
サヤを死なせる訳にはいかない!
絶対に俺がサヤを!
東間はサヤの管を一本ずつ抜く。
全て抜き終わると、機械を爆破させ、研究所を後にした。
「東間・・・」
サヤは東間に手を引かれ、人気のない廃棄工場を歩いていた。
空はあの時と同じ灰色の空・・・。
「サヤ、もう少しの辛抱だから。
もう少しの・・・・・・」
港まで後少し。
裸足のままの二人は廃墟ビルの破片で何度もケガをおい、傷だらけになっていた。
「苦しい・・・東間・・・」
サヤは胸を押さえながら言った。
「大丈夫だから・・・大丈夫」
本当はサヤを人形としか扱っていないKのところには行きたくない。
でも、サヤはやはり、あの施設がなければ生活できない。
悔しいが、今の自分にはサヤの心臓を直すことも出来ない。
あの研究が出来るのはKのところしかない。
「ほら、見えてきた」
二人は海の見える、倉庫跡地まで来た。
ここにいれば・・・Kが来る。
「サヤ、もう安心して」
「東間・・・・・・」
サヤは息を切らしながら、その場に座り込んだ。
東間がサヤを支えるように腰を下ろした。
「サヤ!」
「はあ・・・はあ・・・」
サヤは胸を押さえながら荒い呼吸をしている。
「もう少し、もう少しだから」
東間はサヤの手を握った。
「もう少ししたらKが来て、すぐ直してくれるから」
「あ、東間・・・」
「何?」
東間は優しく言った。
「空・・・青じゃなかったね・・・」
「・・・・今度研究所から出たら、青空だよ」
「・・・今度って・・・いつかな」
サヤの息が上がる。
「すぐだよ、きっと」
東間は必死に訴えた。
そして自分を責めた。
どうして何も出来ないんだ。
自分の大切な人がこんなにも苦しんでいるのに。
俺は何も出来ない。
大切な人の命も守れない。
「私・・・死んじゃうのかな・・・・」
「サヤ!」
サヤの言葉に東間は手を強く握り締め叫んだ。
「一度死んでるから、死んじゃうのかな・・・・・・・
本当の心臓が無いから・・・死んじゃうのかな」
「サヤは死なない!」
東間は涙をこらえながら言った。
「俺が死なせない!絶対!」
そして、思いっきり抱きしめた。
「あ・・ずま」
「サヤは死なない!死なせるもんか!!!」
キィィィィィー・・・・・・・
サヤの胸の中から機械音が聞こえてくる。
「東間・・・・・」
「サヤ・・・・・・・」
サヤの心臓は益々機械音を上げた。
「心臓無いからかな・・・?」
サヤはもう一度かすれる声で言った。
「あるよ、サヤの心臓」
「・・・・・・・?」
「ほら、聞こえるだろ?」
東間の頬に涙が流れた。
ドック・・・ドック・・・
「本当だ、聞こえる・・・・・・」
サヤは安心したように言った。
「聞こえる、心臓の音・・・」
東間の鼓動がサヤに伝わっていく・・・・。
「もっと、・・・東間と・・・生きたかった」
「サヤ!」
サヤはゆっくり目を閉じた。
それと共に、東間の頬に一筋の涙が流れた。
「サヤ!サヤ!」
東間はサヤの体を揺らした。
サヤの心臓の機械音は徐々に薄れていき、ゆっくりと止まった。
「サヤ・・・・・・」
東間はサヤを見つめた。
君が言いたかった言葉・・・・・・。
俺が伝えたかった言葉・・・・・・。
「好きだ・・・・」
ほのかに風が吹き、サヤの髪の毛と、ワンピースを揺らした。
そして、さっきまで曇っていた空は、徐々に明るさを増し、青く澄み渡っていった。
「東間!」
その声と共に、Kがビルの隙間から姿を現した。
「あ、ずま・・・・・」
抱えたサヤの体と、東間を見たKはその場に立ち止まった。
「K・・・・・」
東間はサヤを抱え、立ち上がった。
一斉に風が吹き荒れる。
サヤの髪、そして東間の涙がその風に乗る。
俺は決めたんだ、サヤを生かすって。
サヤを・・・・。
東間はKを見つめた
「頼みがあるんだ」
眩しく照らされたライト・・・・・・・。
ゆっくりとまぶたを開ける。
「ここ・・・・・は」
体は重く、腕を上げてみる。
たくさんの管が腕には通っていた。
天井を見上げる。
眩しいくらいのライト。
「ん・・・・・・・」
やっとのことで起き上がる。
あたり一面真っ白の壁。
体にはたくさんのパイプがつながれていて、胸のところにひときは大きな管が見える。
真っ白の服・・・・・・。
「私・・・・・・・・・」
辺りを見回すと、隣に、真っ白の服を着た・・・
「東間!」
東間は目をつぶり、無表情で横になっている。
「東間!」
パイプを引きずりながら駆け寄る。
「あずま!」
東間の手を取る。
「私だよ!サヤだよ!」
サヤは東間に笑いかけた。
「東間・・・・・・?」
東間は目をつぶったまま、こちらを見てくれない。
「東間!」
サヤは叫び辺りを見た。
ガラスの向こうの部屋にKの姿が見える。
「K!東間が!」
Kは無表情でこちらを見て、報告書に記録をかいていた。
「あずま・・・・・・?」
サヤは東間の手を思いっきり握り締めた。
「あずまの手・・・冷たい」
ドック・・・ドック・・・・・・
「え?」
サヤは胸に手を当てた。
心臓の鼓動が聞こえる。
「嘘!私には心臓なんか・・・・・・」
サヤは東間の顔を見つめた。
「まさか・・・・」
東間の鼓動が聞こえないのを感じる。
「東間!」
サヤは泣き崩れた。
「私・・・心臓なんか要らない!
東間といたいだけ!」
東間の心臓がサヤの中で動いている。
「私の心臓は東間でいいの!
東間がいてくれればいいの!」
大粒の涙が流れる。
「私はあなたと生きたかったの・・・・・・
一緒に生きたかったの・・・・・・」
サヤは自分の胸に繋がっているパイプを握った。
「あなたのいない世界なんて、生きていても意味がないの」
涙を流しながらサヤは東間に笑いかけた。
「私ね・・・・・・やっと思い出したの。
あなたに言いたい言葉が」
ゆっくりとパイプを引き抜く。
「私は・・・あず・・・・・まのことが」
サヤは最後に一筋の涙を流した。
「あなたのことが・・・好きです・・・」
サヤは東間の頬に手を当てて言った。
「・・・・・・・・っ」
急に胸が苦しくなってきた。
サヤは東間の手を握り、何もない真っ白な天上を見つめた。
「東間・・・見て・・綺麗な青空・・・だよ」
何もないはずの天上に手をかざす。
「綺麗な・・・青空・・・」
白の天上・・・しかし、サヤの瞳には一面の青空が広がっていた。
息がどんどん上がる。
さらに胸が苦しくなり、押さえる。
もう、限界が来ていた。
「あなたと、見たかった・・・・・・」
東間のベッドによかって、サヤは言った。
「あなたと・・・・・一緒に自由になり・・・た、かった・・・・・・」
心臓の鼓動が徐々に動きを止めていく。
サヤは最後に一筋の涙を流した。
窓のない部屋に風が吹き、その涙を拭いていく。
東間の心臓はサヤの中で動くのを止めた・・・・・・・。
あとがき
はいはいはぁい!!
お疲れ様です。
光月珠洙です!
どうでしたでしょうか?
今回の話は高校3年生の夏に作ったものでして、本当は県の何ちゃら(名前忘れた)ってものに投稿しようと考えていたのですが、忙しく結局出さなかったものです。
話を考えて、ブルスカチームの皆に内容を説明していたら・・・・
「あ!内容の女の子本編のサヤとかぶってるやんかあ!」
と気付き(おせえよ、気付くの・・・)そんならあえてサヤという女の子にしてしまおうと・・・こうなってしまいました。
結構シリアスな感じでしたね。
クラスの皆に前編だけを読んでもらって、後の話を作ってもらったのですが、皆ハッピーエンドにならない方向でしたね。
急にサヤが暴走して研究所を破壊するとか、昼ドラみたいに実は東間と兄弟だったとか、サヤがゾンビみたいに何度もよみがえる体になるとか・・・。
もうはちゃめちゃ・・・・・・。
本当は本編とリンクさせるようにしたかったのですが、どうも上手くいかなくてやめました。
まあ、本編のサヤにも深い意味がありますので、本編のサヤにも注目してくれると嬉しいです。
ではでは、そろそろこの辺で!
PS、この話は短編?中編?長編?私の頭の中では短編なのですが・・・。
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