BLUE SKYの神様へ〜悲しみの砂漠へ〜
『最神を助け、裏切り者のフィールを殺したことに敬意をたたえ、レインに下神の地位を与える。
しかし、五大上神への暴言、体に残る紋章があるからにはここに置いておくことはできない』
それが五大上神・・・いや四大上神の下した決断だった。
俺の左の頬は深くえぐられていたが何かの力を加えられていたのか、大きな傷にはならなかった。しかし、傷跡は深く残るだろう。
問題は右目だった。
赤々とした瞳は、まさに自分の物ではなかった。
はっきりと物は見えるが、心の中に何か違和感を感じる。
気づかぬうちにつけられた、背中の紋章もそうだ。
自分では見えないが、大きく悪魔の紋章が彫られているようだ。
大きな悪魔の翼に長い剣。炎を思わせる曲線・・・。
皆がその呪いの紋章を見て恐怖を感じているのだろう。
俺の気絶したあとのことは牢の兵士が話してくれた。
悪魔はそのすぐ後に跡形もなく姿を消したらしい。
フィールの亡骸と、俺の本当の左目と共に・・・。
やはり、この奇襲はフィールが俺を狙ったものだったようだ。
それに、以前シラを襲ってきた男達を殺したのもやはりフィールだったらしい。
それからは俺への仕打ちはひどいものだった。
あの時の牢屋に閉じ込められた俺は鎖で繋ぎ止められ、何回日が昇り、そして沈んでいったのかも分からなかった。
苦しいという感覚は無く、さらに生きているという実感も無かった。
牢から出されても手には鎖を巻き、4人も見張られている。
皆の目がこの世界の何もかもを物語っていた。憎しみに駆られた目、哀れむ目、恐れる目。
何度も会った者、会話した者も、俺を化け物を見るような目で見てきた。
それから、上神達は俺をあのときの、フィールが死んだ洞窟につれて行った。
そこには大きな祭壇があり、下神になる儀式を行った。
どうやらこの洞窟は神になるための儀式を行う洞窟だったらしい。
フィールが何故こんな洞窟でシラと俺を呼び寄せたのかは分からないがこの儀式にも関係があったのかもしれない。
儀式はきちんと行ったが、祭壇に置かれていた顔の大きさほどもある青の宝石玉を使ったことぐらいしか頭に残っていない。
そして、俺の額には神の証である水晶は入れられないままだった。
理由は簡単である。
『魔王の継承者』ただそれだけだ。
シラに会えたのは夕暮れで、離れの部屋はいつものようにカーテンが風に吹かれていた。
全てが赤い夕日色に染まった部屋・・・。
その中でシラはイスに座って後ろを向いていた。
「っ・・・」
声を出そうと思っても出てこなかった。
何度も何度も声を出そうともがいた。
ゆっくりとシラは後ろを向く。
そのシラの目は濁りきっていた・・・。そう俺が会ったばかりのころと同じあの目に戻っていた。
「う・・グぁ・・は・・・」
口をどんなに動かしても声はうなり声にしかならなかった。
シラ・・・・シラ・・・・シラ!
何度も何度も叫んだ・・・。届かぬ声で。
何度も・・・何度も・・・。
「・・し・・・・っ」
兵士に何を言われても、俺はそこから動かなかった。体を抑えられ、無理矢理動かされても、そこを離れたくなかった。
俺はここにいなくては・・・・この人を守らなければ!
兵士から逃れようとしていた俺にシラは何か口を動かした。
確かに・・・声の出ない口が・・・
「ごめんなさい・・・」
と・・・。
ザラードベイス宮殿追放の日に、俺は馬車へ乗せられることになっていた。
その馬に乗るために廊下をいつものように歩いていると、見覚えのある顔を見た。
その人は額に水晶を入れていて、俺に向かって深く頭を下げた。
シルバーの髪にピンクの瞳。
ヤマトの刀で助けた女の神であった。
馬車に揺られかなりの時間が経った時、外に出され地面にたたき落とされた。
地面はすべて砂。
死の砂漠・・・ザイバラ砂漠。
「お前等は先に帰っていてもらえるか。」
聞き覚えのある声に顔を上げた。
「ヤ・・マト・・・?」
「しかし・・・」
「大丈夫だ。俺なら一人で帰ることができる。馬を一頭馬車から放しておけ」
「いえ・・・そう言うわけにも行きません。この任務は重要ですし・・・。それに・・・」
「だからだ。俺とこいつは共に戦ってきた仲間だ。知っているだろうが。最後に話ぐらいさせてくれ。」
「・・・・分かりました」
兵士とそれを乗せていた馬車は、砂の中へと消えていった。
残ったのは俺とヤマトと1頭の馬だけとなった。
「・・・四大上神は自分達の手でお前を殺したくないらしい。悪魔と関係しているからな・・・。お前を殺して何か起こるのが恐ろしいのだろう。」
「・・・・」
「何をどうやったらこんな展開になったのか分からんが・・・見ただろ、最神様の・・・」
ヤマトは言葉を止め、手を強く握った。
「俺は最神様の護衛に付いたままだ・・・。だが、本当に最神をお守りできるのはお前だけだろう・・・」
「・・・・」
「俺の性格を知っているだろうが。お前の後の変えゴマなど、嫌気が指す」
「・・・・・」
「この席はお前のために空けておいてやる」
「・・・え・・・!」
ヤマトは腰に挿している2本の刀のうち1本抜をき、俺の手に巻いてある鎖の一部を砕いた。そして、そのままその刀を地面に突き刺し、鞘を腰から抜いて地面に落とした。それから水袋と、マントを落とした。
「持って行け」
「・・・・・」
「それと・・・」
ヤマトは俺に向かって何かを投げてきた。
それはヒラヒラと宙を舞いながら俺の手の中に降りてきた。
「・・・リボン」
「最神様からだ」
俺はシラがいつも身につけていた赤いリボンだった。
俺はリボンを掴み、手を胸元へ持ってきた。
「俺はこれからきかいがあれば四大上神を殺す。」
「なっ・・・!」
突然の話に俺はヤマトの顔を見上げた。
「この世界を変えてみようと思う・・・。
お前は生き残れ・・・そして帰って来い!
それまで最神様は俺がお守りしている」
ヤマトは俺と目を合わせると、きびすを返し馬に乗った。
「ヤマト!」
俺はヤマトに叫んだが、ヤマトは振り向かず、馬を走らせ、俺の前から姿を消した。
地に突き刺してある刀の腹の部分が光り、俺の顔が映っている。
そいつはただこっちを見ている・・・。
頬に何か・・・。
自分の頬を触る。
何か冷たいものが流れていた。
口元が自然に動く・・。
「ま・・・守ってやれなかった・・・」
守って・・・やれなかった。
あいつの傍にいてやれなかった。
「守って・・・・守って・・・やれなかった」
空には雲が立ち上り、ポツポツと雨が降り始めた。
それは徐々に勢いを増した。
空を仰ぐ・・・頬の涙は、雨に流されていく・・・。
「シラ・・・泣いているのか・・・」
その鉛色の黒ずんだ空をただただ見た。
「笑えよ・・・笑ってくれよ・・・」
何も守れなかった。
笑顔も・・・。
「頼むから・・・笑ってくれ・・・」
俺は立ち上がった。
マントを羽織、地に刺さっている刀を抜き鞘にしまう。
そして、シラの赤いリボンを髪にくくった。
『この世界を変えてみようと思う』
ヤマトの言葉が聞こえた。
シラを助けよう。悪魔からも、神からも、涙からも・・・。
そして、守るんだ。あいつがいつでも笑えるように・・。
広大な砂漠へ俺は歩き出した。
1歩1歩、確実に。
この、悲しみの砂漠へ。