BLUE SKYの神様へ〜真実の目〜
俺の体は硬直していた。
黒の翼を持つ悪魔は頬に返り血の水滴をつけ、こちらを見下ろしていた。
「・・・あ・・・・な・・・な・・・・ナンデ・・・」
フィール様は俺を一瞬、睨みつけるとニッコリと笑った。
「結構早かったね。まだこっちは時間かかるんだけど・・・」
「な・・・何を言って・・・」
ガーン!
「っ・・・!」
ものすごい音と激痛が走る。
俺はもといたところより離れた岩壁に激突していた。
フィール様は片腕を上げていて、手の平からはかすかに煙が出ている。
さっきの爆発はそこから生まれたのだと容易に推測できた。
「もう少しそこで大人しくしててもらえるかな。こっちを済ませるから」
そう言うと、シラに向かって手の平を向けた。そこからはバチバチと電流が走り出す。
シラはもう動く気力も無く、座ったままで逃げようとしない。
どうにか・・・。
おれは立ち上がりシラの元に駆け出した。
バチ!
ものすごい激痛に耐えながらおれはシラをかばった。
「あああああああ・・・・・」
「レイン・・・」
シラの声が聞こえる。
激痛に耐えながらシラにもたれかかった。
激しい痛み、だが俺は生きている・・・。
シラを殺そうと思って放ったものならそれを受けた俺は死んでいてもおかしくない。シラを殺すつもりは無いのか?
「おやおやせっかちだな〜。まだ準備できてないって言っただろう?」
背中の向こうから聞こえる声はいつもと変わらない。でも・・・。
「ハァ・・ハァ・・・何でこんなことを・・・何が目的です・・・」
俺はシラに支えてもらいながら後ろを向いた。
「何が目的・・・?」
フィール様は前髪をかきあげた。
「それは地下界の為、そしてレイン君、君の為」
「俺の為・・?」
俺はゆっくり聞き返す。
「そう、本来あるべき姿に戻す為」
「あ・・・あるべき・・・姿・・・」
「だからそこをどいてもらえるかな?そのために最神が必要なんだ」
そう言ってフィール様は1歩近付く。
俺はシラをかばう体制をとり、シラはいつもの様に俺の服の袖を握った。
「困ったな〜でも・・・・」
フィール様は笑みをこぼした。
「俺のためって何がです・・・・シラには関係あるんですか!
この襲撃も・・・関わりがあるんですか!!?」
俺はフィール様の笑みに悪寒を感じ、叫んだ。
「ではそこから話をしよう」
フィール様は空の見えない天上を眺めた。
「君たちはこの世界の始まりを知っているかい?」
「世界の・・・始まり・・・?」
「全てがまだ何もない頃、一つの大きな力が存在した。
その力はある時、三つの力と四つの剣と三つの世界になった。
三つの力はやがて体を作り、心を宿した。
一つは白き翼を
一つは黒き翼を
一つは翼の変わりにたくさんの知識を授かった。
神・悪魔・人間・三つの種族は平等に暮らしていた。
しかし、知恵を司った人間がある物を作りだしたことにより、世界が大きく変わった。
人間はただより良い生活のために作っただけなのに・・・」
「・・・?」
「機械を作ったんだ」
「キカイ?」シラは聞き返した。
「レイン君、君なら分かるはずだ・・・。鉄からなる電気をエネルギーとする物。
神は機械も嫌っていたが、それより自分より優れた力を持つものが許せなかった・・・。
神はいつの頃からかみんな同じではなく、自分だけが優れたものだと信じていたのだ。
そのため機械化を進めた人間に怒り、全ての記憶を消し、地上に落とした。そして二度と人間が天界に来れぬよう、すべてを管理するようになった。
その行動に怒った魔王は神を殺そうとした。しかし失敗し、神は悪魔を人間の住まう地よりさらに下・・・地下界へと落としたのだ・・・」
「地下界・・・」
「光の届かぬ冷たき大地。氷河の空気を運ぶ吹きやまぬ風。生きていくには辛すぎる場所・・・。
だが魔王は生き続けた。神が神々や天使達を増やしたように、人間が人類という文明を作ったように、悪魔を増やし、またあの光当たる豊かな天界に戻れる日を誓って・・・。
そしてそこから長い長い戦争の幕が開けた・・・。
天界を駆けた戦いを」
「それが俺の何に繋がるって言うんです!」
叫ぶ俺にフィール様はまた、ニヤリと笑みをこぼした。
「戦争の中心に立つ者は決まっていた。
そう、二十年前も・・・。
最神・アンフィニティ。
魔王・シビィクスフェリオ。
すでに長い月日を重ねていた戦争で神々は因縁のことなど忘れていたのだろう。
神々はただ自分達の住まう地を奪われぬように戦っていた。
二十年前の休戦間際。
魔王シビィクスフェリオ、最神アンフィニティの戦いは、何もかも互角であった。二人は相打ちとなり、この長き休戦が始まった。
その後、最神は娘のミゼットが受け継いだが戦争の傷がひどく子供を産み落とすとすぐにこの世を去った。
最神の血を受け継ぐものはその赤ん坊だけになった。その赤ん坊は物心ついた時から最神となっていた」
「・・・シラ・・・」
俺のつぶやいた言葉を聞き、フィール様は話し出した。
「その最神は血を受け継いでいるとはいえ、まだ子供。そのため上神が権力を握り天界を思うように動かした。
ましては成長してからもこのような体だと分かればなおさらのこと・・・。
それから天界はすさんでいった。飢えに苦しむ者の地方での反乱。
我々は違っていた。魔王は子を持たぬ者、代々伝わる左目を植えつけるしきたりをしていた。
しかし、どんなものが魔王になろうともシビィクスフェリオ陛下のように悪魔たちをまとめ上げることはなかった。
そして一つの選択をした。
シビィクスフェリオ陛下の生まれ変わりを、その魂を探し出し新たな魔王にしようと」
「だからそれと何が関係して・・・」
「陛下の生まれ変わりはなかなか見つからなかった。
魔王の魂は悪魔としてまた生まれ変わるとされている。
しかし、違ったのだ。魔王はもっと違った世界にいたのだ・・・。
中界、そう人間界に!
ここまで話せばもう分かったはずだ。
魔王は君なんだよ・・・レイン君」
「うそだ・・・・」
「そして閣下に証の左目を植え付けることは、1人の男に托された」
フィール様は少し左目をさすりだし、そして俺たちに見えるように髪をあげた。
その目玉は真紅に輝き、獣のような光をおびていた・・・。
「・・・・・この僕にね・・・・・・」
「うそだ・・・うそだ・・・うそだ・・・嘘だ!」
急に俺は体の違和感を感じ、立ち上がろうとした。が、何かに抑えられたように体の自由が利かなくなっているのに気付いた。
確かに足は地面についているはずなのに、少しずつ壁際にすべるように進んでいく。
足に力を入れても進む速さは変わらない。
最後には、壁に背中がついてしまった。
「くッ・・・」
背中に壁があり、逃げ場のない俺の目の前にフィールが立った。
そして、俺の顔に手を当てる。
「失礼するよ」
その言葉とともにフイールの手に力が入っていくのを感じる。
俺はフィールの手首を両手でつかみ、顔から剥ぎ取ろうとした。しかし、そうとはいかなかった。
右目はフィールの手の平で見えなかったが、左目で俺はフィールの右手の人差し指と中指の爪が指の2倍ほどみるみる伸びていくのがみえた。
「な・・何を・・・」
俺が喋ろうとした時、フィールは俺の顔を片手でつかみ体を持ち上げた。
俺の足は、宙に浮いて壁にぶつかる。
「カ・・・ハッ・・・」
手で顔を覆われているせいで息が思うようにできない・・・このままだと殺される!
「もう一つ良いことを教えてあげるよ」
フィールは俺に顔を近づけた。
「君を人間界から連れてくるのはとても大変だった」
「何・・・が言いたい」
俺は切れ切れに聞き返す。
「君を一度殺したのは僕だよ」
「・・・!」
あの時を思い出す。
車の音・・・叫び声。
血まみれの自分。
泣きじゃくるナナミ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「お前!」
俺はフィールかを睨み、その場から離れようともがいた。
「離せ!お前が!お前が!!」
フィールは呪文を唱えながら、俺の左頬に長く伸びた爪をつけた。
その時、何が起こったのか分からなかった。
ただ俺の頬にフィールの爪がゆっくり入ってきてそして・・・・・・・・・・・・・・。
「ヴぁああああああああああああ!」
目の前が真っ暗になった。
ただ、顔の左側がものすごく熱いのを感じる。
熱い
熱い
熱い・・・・・・・・・・・・・。
俺はその熱さに耐え切れず、フィールの腕を思いっきり握った。
「グッ・・・」
その腕の痛みでフィールは少し手のひらを動かした。
そのおかげで俺は右目の視力を取り戻す。
フィールの顔には何滴か血が飛び散っていた。
「ヴぁ!グああああああああああ!あああああ・・・・・」
変わらず続く熱に俺の手は力が増す。足に何か温かいぬるっとしたものを感じる。
フィールが血まみれの右手を今度は自分の頬に持っていった。
そしてゆっくりと俺と同じように左目をえぐった。
フィールは顔色一つ変えない。
フィールはその目玉を俺の熱を持つ場所に持ってくると、そのまま顔に押し付けた。
「ヴああああああ!」
今度はものすごい痛みに襲われる。
「ああ、あああああああ!!」
顔の痛みは腕や足先まで続き、最後にその痛みの倍の痛みが背中に伝わった。
俺は収縮させていた翼を力いっぱい広げた。
周りに白い羽が舞い、赤い血の上に落ちる。
手に力が入る。
フィールはやっと俺の顔から手を離した。
俺はドサリと両膝を地面に付けた。
痛みが突然消えていく。
足元には赤い水溜りができていた。
左の顔を触ると手のひらにべっとりと血が付く。
体全体から汗が噴出し、息が上がっている。
「・・・・・・・・・っ」
シラが俺の元に走って来てギュっと腕を抱いてきた。
俺はシラの手に自分の赤く染まった手を添えた。
「手首が折れてしまった」
見上げるとフィールは俺が握っていた腕を痛いたしげに眺めている。腕にはくっきりと俺の手の形が残っていた。
フィールは自分の左頬を少し触ると、途端に血が止まり、顔に付いていた血は砂へと変わっる。
しかし、左目には大きな傷が出来ている。
「順番は変わってしまったが・・・・」
そう言いながら反対の腕でシラの首をつかむと自分の目の高さまでシラを持ち上げた。
俺とシラはお互いの手を取り合おうと腕を伸ばしたが、虚しくかすれるように離れてく。
「かっ!」
「次は最神、あなたの番です」
そう言って後ろにシラを叩き付けた。
「きゃあ・・・」
シラは悲鳴を上げ、地面に倒れる。
「シっ・・・ラ・・・!」
思うように声が出せない。体を動かそうとすると強い痛みを感じる。
「なぜあなたがこの場に必要なのかも教えてあげましょう」
フィールは俺に背を向けて話しだした。
「最神・アンフィニティと魔王・シビィクスフェリオの相打ちの戦いはとても激しいものだった。
それこそ全てを使い果たす戦いだった。
そのため能力の全を使い果たしたシビィクスフェリオは魂の力を失った。
ならば、生まれ変わった魂は能力の力が全く無いはず・・。
そう考えれば何もかも理解できる。
魔王だったはずの魂がなぜ能力の使えない人間に生まれ変わってしまったのか。
そして今何故レイン君が能力を使えないのか・・」
フィールはシラの真ん前に立ちシラを見下ろしている。
「魔王になるためには能力が必要だ。
しかしその力が無い今のレイン君には新しい力を与えてあげなければならない・・。
ためしに部下を送り込んでみたが、やはりきみはもう能力を使う気が無いようだね。
まあ、あいつらは結局レイン君に止められたから、処分したんだがね」
「じゃあ・・あれも・・・」
俺がそう言うとフィールのチラリと後ろを見た。
しかし、すぐに前を向く。
「魔王のため、君の命とその力を頂こう」
フィールはシラに向けて手を掲げた。
シラは俺を見つめ、涙をこぼした。
何かを話そうとしているが、言葉にならないようだ・・・。
「やめろ・・・やめろ・・・やめろ!」
俺は激しい痛みに襲われながらもシラに向かって走っていた。
そのまま倒れ掛かるようにシラを抱き、フィールに背を向けた。
「どいてくれ、レイン君!」
「・・・・。」
「君は我々の為に生きていかなければならない」
俺が守らないと・・・
「どいてくれ!」
俺が守る・・この人は俺の・・・
「どけ!」
俺の・・・大切な人!
俺は立ち上がり、フィールの方に向くと、手の中に意識を集中した。
とたんに空気が動き出し、手の平から空気の渦が巻き起こった。
ゴオオオオオオオオオオオ!!
すさまじい音と共に風が巨大な渦を作り出していく。
「まさか・・・能力・・・!!」
そう言うフィールの体はその風を受け、少しずつ後ろに動いていた。
体の中にある力を前に、前に・・・・。
そう意識しながら風をどんどん大きくしていく。
突然、体に激しい痛みが走った。
「ッ・・・クソッ・・・」
とっさに左目を押さえる。
体が崩れそうになった、が俺はまだ立っている。
「シラ・・!」
俺の横にはシラの顔があった。
シラは片腕を俺の体に回し、もう片腕は俺と同じ風を作り出している。
「お前・・・能力・・・!」
「大丈夫・・・だから」
シラは俺に向かってそう言った。
今まで見た事もない厳しい顔つきで。
今まで聞いたことのないはっきりと、強い口調で。
「大丈夫だから」
「シラ・・・・」
ふと俺の腕が腰の何か硬い物にぶつかった。
「!・・」
俺はそれをベルトから抜き取るとシラの作っている風の渦に飛び込んだ。
そのままものすごい速さでフィールにぶつかった。
ドス!
ぶつかったフィールはそのまま壁に激突し、顔をしかめた。
風の渦がおさまり、俺の足は地に着いた。
フィールは腹に刺さっているものを抜く。
ドバッと抜いた傷口から大量の血が噴き出した。
「ドラゴンの牙・・・」
フィールはゆっくりと口を開けた。すると口からも血が流れる。
カランと音を立て、フィールの手から落ちたのは、砂人形のドラゴンを倒した時の牙だった。
フィールは壁に寄りかかりながらずるずると力無く地面にずれ落ちる。
「さすがだ・・・私の計算は間違っていた。
やはり魂は・・・変わら・・ない・・力も・・」
立ちすくむ俺にフィールはニヤリと笑いかけた。
「お待ち・・・して・・お・・りました・・。我っ・・ここに・・・・・誓いま・・」
血を噴出しながらも言葉を続ける。
俺の足元まで血が流れてくる。
「レ・・・レイン・・・魔王・・・陛下・・・あなたに忠誠を!」
それだけ言うとフィールは目を閉じた。
そしてズリっと体を傾け、動かなくなった。
俺は息を整えながら、五大上神フィールの息を引き取る瞬間を見ていた。
「っく・・・・・・」
途端に背中と左目に痛みを感じて俺は崩れるように倒れた。
「レイン!」
シラの走り近付いてくる足音と、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる・・。
俺のまぶたは次第に重くなってきて、徐々に景色は薄れていった・・・。