―俺が最初で最後に愛した人は、ココロ無きマリオネットだった―
マリオネットハート(前編)
何かが聞こえる・・・・・・うるさくて、聞いていると気分が悪くなりそうな・・・・・・。
待て!今出るから。
うなり声を上げながら毛布を抜け出す。
耳障りな音はなり続く。
「うるさい!今出るっつてるだろう!」
ベットから抜けるとゆっくり歩き、騒音の元を止める為、受話器を取った。
「はい!どちら様ですか!」
かなり不機嫌そうにだらけて言う。
「お忙しいところ申し訳ありません。兼子東間(かねこあずま)様のお宅でしょうか?」
「はいそうですが、何か?」
東間は電話の置いてある机に座り言った。
年寄りの男の声。
どうせ何かも商品販売だと思ったので、対応も切れ口調だ。
商品名でも言い出したら即切ってやろうと思った時、
「はい。実はこの度あなたにアルバイトをしていただこうと思いまして電話を入れたのですが。」
「・・・・・・はい?」
東間は耳を疑った。
「我が社のアルバイトに是非あなたを採用したいのです。」
「どういう事ですか?」
「我が社のアルバイトを希望されましたよね?」
「はい、しかし先日不採用と連絡が・・・・・・」
東間はいつの間にやら机から降り、その場に正座していた。
「はい、確かに不採用なのですが、別の仕事としてアルバイトを探していたのです。
そしてあなたが採用となりました。」
「・・・・・・はい」
「給料は先日の希望されていたバイト代の約七倍。」
「な、七倍!」
「その代わり、住み込みとなります。休日は無し。
仕事はとても複雑ですが、あなたならこなせるはずです。」
驚いた・・・・。
絶対に落ちると分かっていた医療関係のバイト先。
給料もいいし、もしかしたら正社員になれるかもしれないという事で、だめもとで希望したものが通るなんて・・・・・・。
しかも、仕事は変わっても給料が七倍!
「・・・・・・・・・・・・」
「あの、お・・・話を続けてもよろしいですか・・・?」
受話器の先の男が声を出さない東間に声をかける。
「ああ・・すいません」
「いいえ。」
放心状態の東間に電話の男の人は言った。
「仕事内容はまた後ほどご連絡しますが、たちまちこれだけは確認しておきます。
あなたは兼子東間さん。十九歳。
医療関係の大学を中退。
医療関係の仕事に就職するが、3ヶ月で退職。
今はフリーターでよろしいですね。」
「はい。全くその通りで」
東間はその人の言うとおりの人物であり、確かに仕事を探していた。
医療の関係に進んだものの、続かなかったし、仕事も上手くいかずにダラダラとした人生を送っていた。
そして、今回のバイトもなんとなくの成り行きだったのだが・・・。
「それと、あなたは口が堅いですか?」
「はい?まあそうだと思いますけど?」
変な質問に東間は戸惑いながらも答えた。
「では、もう当分こちらで用意した所で生活していただくので、荷物をまとめておいてください。
もう当分戻って来れませんから。」
「当分?」
「日時はまた後ほど」
東間の質問を何も聞かずに、男はブツリと電話を切った。
「採用・・・・・・」
何も把握出来ていない東間はゆっくり受話器を置いて、目の前のカーテンを開けた。
日の光が一斉に部屋に飛び込んでくる。
目を細める。
眩しさを感じなくなると、東間はゆっくり伸びをして、日の光を感じた。
青空が窓一面に広がっている。
白の雲が舞い、鳥が羽ばたく。
東間はその空をなんとなく呆然と眺めた。
その青空が、最後とも知らずに・・・・・・。
「我が社は極秘で新しい医療機関の実験をしてましてね。その研究チームに入って、実験材料の観察や世話をしていただきたいのですよ。」
「はあ・・・」
あの電話から三日。
あの日から空はずっと曇りで、大きなキャンバスは灰色で塗りたくられていた。
東間は荷造りをし、仕事場があるはずの住所に来ている。
しかし、そこはただの工場跡地で、今にも崩れそうなビルや、機械が立ち並んでいた。
東間は待ち合わせに来ていた研究者の後について歩いている。
この町はずれの場所に来るまで何時間もかかり、東間はもうへとへとになっていた。
重い旅行かばんは東間の手に食い込み、痛みを通り越して感覚が無くなってきている。
「何も無い・・・ですが、どこにそんな施設があるんですか?」
東間が聞くと、黒ぶち眼鏡を上げながら研究者は言った。
「全然問題ありません。地下ですので」
その研究者が突然横の壁を叩くと、急に入り口が浮かび上がり、奥には階段が続いていた。
今更だが、今この仕事を引き受けてしまったのを後悔した。
給料七倍に引かれてここまで来たが、やっぱり後々考えたら怪しい。
「ここから入りますがよろしいですね・・・本当に。」
「へ?」
「ここに入る事です。」
今更そう言われてももう遅い。
後戻りしたくても出来そうにないし・・・。
東間はゆっくりと首を縦に動かした。
「ではどうぞ」
研究員が俺を先に行かせ、階段を下りる。
するとそこには器具が並び、たくさんの動物が鳴き叫んでいる。
複雑に機械配線の合間を縫って人が立ち、動物が籠に入れられているのが見える。
広い部屋は薄暗く、研究員も五,六人で、それぞれ研究をしていた。
ハツカネズミにフェレット、犬、猫・・・・。
まさかこれの世話・・・・・・?
東間は身震いをした。
「ご心配なく、あなたが世話するのはこちらです。」
違う奥の部屋を指差しながら研究員が言った。
東間はそいつの空けた奥の部屋に足を踏み入れた。
やはりこの部屋も配線の入り乱れた機械が所狭しと陣取り、そのボタンが不気味に光っている。
そこには白衣の研究者が何人もいて、何やらガラスの向こうをのぞいているようだ。
「連れて来ました。」
研究者がそう言うと、一番偉そうな男が東間の方を向いた。
「ありがとう。
君が兼子君だね」
「はい。」
「私はK。」
「K・・・さん」
「ここでは皆コードネームで呼び合っている。」
そう言ってKは黒縁眼鏡をかけ直した。
「はあ・・・・・・」
「こちらに来たまえ。
君に世話を担当してもらう『S21A6Y』だ。」
東間は言われた通りKの横に行き、ガラスの向こうをのぞいた。
ガラスの奥の部屋はこの部屋より低くできているらしく、見下ろす形で中が見える。
中はやはりたくさんのコードで地面が埋め尽くされている。
この部屋以上の膨大なコード・・・?
いや、配線のコードではない。
何か医療に使うチューブ・・・・。
東間はそのチューブを目で辿っていく。
そこには・・・・・・。
「へ・・・・?」
思わず声を上げた。
チューブの先は全てそこに伸びている。
「おっ、女の子?」
白のワンピースがふわりと広がり、長い黒髪が地面に流れている。
チューブをすべて取り込んでいる女の子はゆっくり上を眺め、東間と目を合わせた。
何の感情も表れていないその顔はとても透き通っていた。
そう、東間の仕事は・・・・・・。
「人間の世話!!!」
東間はゆっくり口を動かしながら言った。
「だから・・・俺の名前!
東間。あ・ず・ま」
女の子は東間の顔を見てくすくすと笑い首をかしげた。
「あ・・・・あひゅ・・・?」
東間はいい加減頭にきていた。
『S21A6Yに言葉を教えてくれ。』
『はい?』
『あれは目覚めたばかりで言葉を知らない。
そこで、目覚めてからどの程度の知能が回復できるか調べたいんでね』
その会話をしてから約半年、東間は毎日同じことをこの子に話し、同じ反応を、同じ様に記録している。
この子は一歳未満の発音しかせず、時間だけが過ぎていっている。
「頼む・・・よぉ」
俺東間は地面に記録用紙を落とした。
ここに来てから全く外に出してもらえず、東間の疲労も、ストレスもピークに達していた。狭い研究所に詰めるだけ詰めた機械たち。身動きが取れない配線コード。薄暗い天井。
毎日同じ、進まない研究。進歩しない研究内容。
気が滅入る・・・・・・。
体は痩せ、ひげも伸びきっていた。
儲かる仕事には必ず裏がある。
お金は確かに口座に入っているらしいが、ここから出れなければ意味がない。
帰りたい・・・・・・。
出してくれ、ここから。
東間の正直な気持ちが頭の中をめぐる。
女の子はただこっちを見て笑っている。
頭の中がストレスから怒りへと変わっていくのを感じる。
何で俺なんだ?
何でこんなところにいるんだ?
何をしてるんだ?
俺は・・・俺は・・・・・・こんなことをしても、何も変わらない。
帰してくれ、帰してくれ・・・・・・!!!
俺は何もしていない。
俺は何も悪くない・・。
東間は頭の中にそんな事を考えていた。
悪いのは・・・・・・。
女の子を見る。
そいつは俺の気持ちも・・・・・・何も知らずにただ笑っている。
「お前・・・お前が・・・・」
東間の言葉に、そいつは首をかしげた。
「あ・・・・あああ?」
「お前が、何もかも悪い・・・・」
東間は気が狂いだし、そいつの背中にあるバルブの栓を握った。
こいつが、こいつがいなくなったら俺は自由になれる・・・・・・。
そうだ、俺がここで働く意味もなくなる。
そうすれば・・・。
東間はゆっくりバルブのボタンを押し始めた。
空気の漏れる音がだんだん大きくなってくる。
右のパソコンを覗くと生数値がどんどん下がっていくのが分かる。
緑のランプが黄色、赤と変わっていく。
こいつが・・・こいつが・・・・。
「あ・・・・・・」
急に女の子は苦しみ出した。
首を掴み、むせ始める。
こいつが・・・・・・。
「あ、あ・・」
その子は東間を見ると苦しそうに口を動かした。
「アズマ・・・」
「・・・・・・!!!」
東間は驚いて、思わず手を離した。
バルブは正常になり、生数値も元に戻っていく。
「アズマ・・・・」
その子は東間を見てもう一度言った。
東間はペタンとパイプとパイプの間に座り込んだ。
がたがたと体が震える。
「俺・・・・何やってたんだ・・・・・・」
研究材料でも、俺は人間を殺そうとしていた。
一人の人という存在を消そうとしていた・・・。
「アズマ?」
女の子は東間のヒザに手を当てた。
東間はその子の細い手を取った。
「・・・・そうだよ。俺は東間・・・。」
「アズマ、アズマ!」
初めて覚えた言葉をその子は嬉しそうに言った。
東間はその子の手を両手で握った。
「そうだよ・・・」
いままでの苦労も、怒りもこの子の言葉でいつの間にやら消えていた。
「君は・・・・」
『S21A6Y』
「サヤ・・・・・・」
「?」
「『S21A6Y』・・・SAYに東間のAを足して、サヤ」
東間はふと言葉に表した。
「サ、ヤ?」
女の子はそう言って首をかしげた。
「そう、サヤ。君の名前はサヤ。」
「サヤ・・・・サヤ!」
握っていた手をサヤは強く握ってきた。
「ごめん・・・ごめんサヤ・・」
東間は優しく握り返した。
「サヤ・・・・」
「アズマ!アズマ!」
東間が研究室に入っていくとサヤが嬉しそうに彼の名前を呼び、両手を広げた。
「来たよサヤ」
東間はサヤのところまで行くとパイプをかき分け座った。
「アズマ!何?ソレ?」
東間の手にはいつものカルテの他に小さな小瓶が握られていた。
「ん?これはね」
東間はそっとサヤの前に持っていった。
「オサカナ!」
「そ、魚だ。めだかって言うんだ。」
「メダカ?」
先ほどの研究会議では、サヤの頭脳が、もう六歳までに進んでいるという報告を聞いた。
あの事件からまる一週間。
しゃべる言葉の数も格段に増え、正直驚きを隠せない。
『何かのきっかけで、昔の言語力がよみがえりつつある。』とのKの言葉に俺は少し動揺したが、まだあの事件はばれていない。
今更だが、きっとあの時サヤを殺していたら東間も殺されていただろう。
今はあの時のような気持ちはないし、サヤといる時間は楽しい。
何より、普通の人間の何十倍もの速さで学習能力が成長している。教えている側としてはこんな素晴らしいことはない。
嬉しそうに中を覗くサヤを東間は頭の中にそんな事を考えていた。
「今日は命について考えていこうな」
東間の言葉にサヤはうなずき、笑う。
本来命への関心は子供がいつの間にやら持つものだが、この子の場合、外の世界を知らないので、その知識が全くない。
東間はビンに入っているめだかを、よく見せようと蓋を開けた。
「サヤ・・・・ほら」
サヤは恐る恐るビンをのぞく。
初めて人間以外の生き物に会うのだ、仕方がない。
魚も、本では見せたが、本物では感覚が違う。
サヤがゆっくり手を伸ばし、ビンを触ろうとした瞬間。
カラン・・・・・・。
ビンは音と共に、転がり、中の水がこぼれだした。
「ああ・・・・・・」
東間は急いでめだかを探した。
が、パイプが邪魔で見つからない。
「アズマ・・・・」
サヤがゆっくり足元から見つけたのは、もう息を引き取っためだかだった。
「アズマ!メダカ!」
「うん。でも、もう死んでる」
「死んデル?」
東間の言葉にサヤが首をかしげた。
「もう生きてないんだよ」
「生きル?」
「そう。お墓作ってあげなきゃ」
「生きるって?」
サヤがせがむように言った。
「生きるってことは呼吸をして、体を動かして、成長することだよ」
「・・・・・・サヤ。分かんない」
サヤは首を垂らした。
「・・・・・・・・・・・・」
サヤは動かなくなったメダカを両手でそっと抱え、目を瞑った。
「分かんない」
東間は、そんなサヤをゆっくり抱き寄せ、頭を撫でた。
「大丈夫。」
最初から分かるとは思ってない。
少しずつ、少しずつ・・・・。
サヤはゆっくり呼吸した。
「・・・・・・・・・・・・」
サヤが、急に凍る。
「サヤ?」
「何か・・・・聞こえる・・・・・・」
「何か?」
東間は少し考えた。
「ああ、心臓か?」
「シンゾウ?」
「そう、生きるための大事なところ」
「・・・・・・!!」
東間は、サヤが急に息をしていないことに気付いた。
まずい!
東間は思い切りサヤを離し、サヤの顔色を見た。
サヤの顔色がどんどん青白くなっていく。
「サヤ、息吸って!」
「アズマ・・・・何か、変な音、ドクドクって」
サヤの息づかいが荒くなる。
「サヤ!」
「ヤダ・・・アズマ、怖イ。怖い!」
突然のことで、東間が慌てていると、他の研究員が研究室に走ってきた。
「早く培地の中に!」
「ハッチ開け!」
「脈拍、数値を超えました」
苦しむサヤを前に東間は何も出来なかった。
「サヤ!」
急に、地面が動き出し、下からなにやら青色の溶液の入ったガラスのケースが現れた。
パイプがその中に取り込まれ、それと共に、サヤも、溶液の中に沈んでいく。
ガラスの容器はゆっくり天井まで伸び、サヤを包み込むようにたたずんだ。
「サヤ!」
東間はガラスに手を当て、叫んだ。
サヤは落ち着いた顔を見せ、目を閉じている。
白のワンピースがゆっくり髪と共に揺らぐ。
「サヤ・・・・・・」
「大丈夫。これは一命を取り留めたよ。」
後ろを振り返るとそこにはKが立っていた。
「しかし、また2,3日は目を開けないがね」
「どういうことですか?俺はこんなこと聞いてない。
俺はただ、この子の生数値と、言語機能の実験としか聞いてないです!!」
東間は噛み付くように言った。
「そうだね。話しておこう、これのことを」
Kはそう言って無表情で研究室を出て行った。
東間はKの背中を睨みながら後ろをついていった。
「さあ何から話そうか」
Kは会議室のイスに深く座ると足を組み、言った。
東間は立ったままKを睨みながら質問した。
「ここは一体なんなんですか?
サヤは何でこんな実験の道具にされているんですか?」
Kはイスに座るように右手で指示し、東間はその指示に従った。
「ここの研究は主に同じ実験をしている。ソレは・・・・」
Kは前かがみになり指を組んだ。
「生命の復活」
「せ、生命・・・・・・の」
東間はKの顔を見つめた。
「生命はいずれ力つきる。病気であれ、事故であれ、寿命であれ・・。
それはすべての生命が恐れる『死』を意味する。
我々はその恐れを取り除きたいのだ」
「つまり・・・死者を蘇えらせようと・・・?」
Kは東間の言葉にうなずいた。
「もうほぼ成功している。
後は元の生活に戻れるか、副作用や、後遺症の改善。」
「つまり・・・・・・」
東間は言葉に詰まった。
「その成功・・・って。サヤ・・・」
「サヤ?
ああ『S21A6Y』のことだね。」
Kはゆっくり足を組みなおした。
「あれはほぼ成功だ!
我々の研究はもう少しで・・・・・・。
と、言いたいところだが」
嬉しそうに話すKが急に暗い顔をする。
「アレには足りない・・・」
「足りない?」
「心臓・・・がね」
「・・・!!!」
東間はイスを思わず後ろに倒し、立ち上がった。
「心臓がない!」
「・・・・・・」
Kはゆっくりうなずいた。
「まさか!
そんな・・・だって生きているじゃないですか!」
「生きている、生きているとも。
アレは私たちが何年もかけてここまで生かしてきた。」
「心臓がない状態で!」
東間は怒鳴りつけた。
ありえるわけない。そんなこと・・・・・・。
「心臓がなくとも生きる方法を編み出したのだ。
心臓部に機密な機械を埋め込み、無理やり動かしている。
ソレがあと少しで本来の心臓と同じ様に働くようになる。」
「しかし!」
「我々は、この研究にかけているのだ!!」
怒鳴る東間にKはさらに怒鳴った。
「アレが、成功すれば!成功すれば!」
「アレ・・・って、サヤは人間だ!お前らの物じゃない!!」
「アレは我々の研究材料だ!ただの人形だ!」
「・・・・・・」
東間は言葉を詰まらせた。
Kは深呼吸をすると背もたれに身をあずけた。
「研究に戻りたまえ」
東間はただ立ちすくんだが、ゆっくり会議室を出て行った。
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