BLUE SKYに歌声を〜路地の真ん中で〜


 

「なんだったんだ!」

僕はブスッとして暗がりの中、人通りの無い道を歩いていた。

 あれから僕は何事も無く学校を終わらせ、塾に通い、家路を急いでいる。

 焔はあの話の後すぐに昼寝をし始めてしまい、何も聞き出せなかった。

 「何が、僕の夢を叶えるのが任務だ、だ!」

 なら大学入試の受験問題を僕の好きな科目だけにしろっての!

 「何が天使だ!嘘つきもいいとこだよ。どうせ3階に来たのも何かのトリックで・・・」

 「夢がね〜な〜」

 「!」

 僕の独り言に声がかかる。

 「焔!」

 僕は思わず声を上げて驚いた。

 「お!名前覚えてくれたんだ」

 焔は急に俺の横に現れ、一緒に歩いていた。

 「何しに来たんだよ!」

 僕はものすごく驚き、バクバクと鳴る心臓を押さえた。

 「何・・・って、任務!」

 「だから僕には夢なんて無いの!」

 「ふ〜ん・・・」

 僕の言葉に焔は怪しいぞという顔をした。

 「何だよ・・・」

 「・・・・・」

 焔は僕の顔を見ると無言で前を歩き出した。

 「ちょ・・・どこ行くんだよ!」

 「ついて来い。」

 焔は早足で歩いていく。

 「何で僕が焔についていかなきゃいけないわけ!」

 「いいからいいから」

 焔は僕にニヤリと笑った。

 

 

 

 

それから少し歩いたところ、大きなビルとビルの間にある細い隙間に入り、狭い路地を歩いた。

暗い道がビルの明かりで見やすくなっている。

「焔〜いつまで歩くの・・」

「もう着いたよ」

急に止まる焔が嬉しそうに笑った。

「ここは?」

そこは、歌のあふれる・・・。

「もしかして、ミュー路―?」

「あ、ったり〜!」

そう、ミュー路。

ミュージカルロードと言い、たくさんの路上ミュージシャンが集まる路地。

たくさんの音楽が交わる場所。

「どう?どう?」

「どうって?」

焔の言葉にあっさりと答えを返す。

「ありり?感動してよ〜音楽の宝庫だよ!

 ここで歌ってデビューして売れっ子になった人もいるっていう!」

「そう言われても・・・。僕ここ来たことあるし・・・けっこう有名だよここ・・・」

「ありり・・?そうなの?」

俺は辺りを見回しながら歩き出す。

ビルとビルの間にあるせいか明かりには問題ない。

あちこちにギターや楽器を持った人が陣取り、それぞれの音楽を奏でる。

その前に人々が立ち止まり、聞き入っている。

たくさんの歌声。たくさんの人。たくさんの夢…。

僕はこの路地の雰囲気に馴染んでいく。

「・・・・」

ふっと一人の歌声に僕は足を止めた。

周りにはたくさんの人が座り込み、その歌声に耳を傾けている。

 透き通る歌声・…。

 聞いたことのある唄。

 僕はそのままその人の歌声に耳を傾け、やがては近くにある花壇の隅に腰掛けていた。

 長い茶髪、ジーンズにカッターシャツのカジュアルな女の人。首からは大きな十字架をかけていた。

 「上手いな」

 「うん・・・」

 僕は焔の言葉にうなずいた。

 「って、焔!こんなところにいたら目立つよ!」

 「ああ、大丈夫!俺は正太郎以外には見えないから」

 焔は嬉しそうに笑いながら歌う女の人を見た。

 夜の十時過ぎ、だんだん人は消えていき、女の人も歌うのをやめて、ギターを片付けようと動き出す。

 「あれ?まだ十時だよな?もう終わり?」

 焔が残念そうに言う。

 「ここはね。このミュー路は10時半の制限がかけられているんだ。この周りの人の迷惑だからってミュージシャンたちが決めたらしいよ。」

 「へ〜」

 「だからここからは別の場所で歌うんだよ」

 僕はそう言って立ち上がった。

 「帰るよ!」

 「もう?」

 焔は残念そうに言う。

 「僕は塾の帰りだよ。母さんにこんなところにいたって知れたら大変だし、もう遅いしね。」

 「ブー」

 「焔、いたかったらいれば?」

 僕はふてくされた焔に言い残し、歩き出した。

 女の人もちょうどギターをケースにしまい、歩き出したところだった。

 女の人の横をとおりすれ違おうとしたとたん。

 一瞬焔の気配を感じた。

 そして。

 「うわ!」

 僕は何もないところでこけ、女の人にぶつかった。

 「きゃっ」

 女の人も僕と共にこける。

 僕は女の人の横に尻餅を付いた。

 僕のカバンの蓋が開き、中から紙が何枚か出てくる。

 「すいません!」

 「いえ、大丈夫?」

 「はい」

 女の人は僕の落とした紙を拾ってくれた。

 俺は一回立ち上がり、体をはたいた。

 「はい。」

 女の人は僕の紙を渡そうとして、ふと止まった。

 「これ……」

 「?」

 僕は何の紙か分からず中を覗き込む。

 「……!」

 なんでここにあるの!

 確か、昨日の夜にベットの下に隠した!

 「これ、譜面だよね?」

 「…はい」

 そう、そこにあったのは僕が今作っている曲の譜面だった。

 誰にも見られないように隠していたのに…。

 女の人は嬉しそうに笑った。

 そして、女の人の後ろで焔が笑った。

 アイツの仕業だ!

 僕はハアとため息をついた。

 「君、ずっと私の演奏、聞いてくれてたよね?」

 「え?はい」

 「どうだった?」

 「え?とっても良かったです。

  特に四曲目が!」

 「ありがとう」

 女の人はにっこりと笑った。

 僕はその人を見て、顔が熱くなった。

 「ねえ、この譜面見てもいい?」

 「え?」

 女の人は僕を見つめてくる。

 「少し、見させてくれない?」

 「え、や…と」

 答えに迷った僕は、もう後には引けないと仕方なくうなずいた。

 女の人は元いた場所に戻り、腰掛けて譜面を見つめた。

 「すごい!これ自分で考えたんだよね?」

 「はい」

 「これからここで発表するの?」

 「ここって…ミュー路でですか?」

 「他にどこでよ」

 「いや…しません」

 「ええ!もったいない!」

 女の人は僕に叫んだ。

 「こんなに曲なのに!」

 「はあ…」

 僕はあいまいに返事をした。

 「じゃあさ、」

 女の人は僕ににやりと笑いかけた。

 「この曲、私に編曲させてくれない?」

 「へ?」

 僕は目が点になった。

 「僕の、ですか?」

 「うん。セッションしない?」

 「へ?は!…え?」

 女の人は僕の肩を掴んだ。

 「ね?」

 「…」

 僕は仕方なくうなずいた。

 「ありがとう!私あかね。よろしく」

 「正太郎…です」

 あかねさんは僕に手を出してきた。

 僕はその手を握った。

 あかねさんの首にかけている見たことのある十字架が光った。

 後ろの焔がニヤリと笑った。

 何いやな予感がまたした。


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