BLUE SKYの神様へ〜赤く染めて〜


 ミネルは入り口に返事を返す。

「マジかよ・・・・・・」

 俺のこぼした声は、広い部屋にうっすらと響いた。

 俺は一瞬、幻を見ているのではないのかと思った。

 「・・・・・・・・・・・・」

その部屋には電線や見たことも無い機械が足の踏み場もないほどに散乱している。

その真ん中に・・・・・・

「女の子・・・・・・

そう、女の子が眠っていた。

金色の髪、白いワンピース、それにも負けないほどの白い肌。

「すごいでしょ。ずっとここにいるんだ。僕たちシルメリアが来る前から。」

ミネルが言った。

その女の子はガラス張りの円柱型容器に入れられていた。

そこにもたくさんの電線がまるで女の子の体を守るように巻かれている。

中には薄緑の液体が入っており、丸くなった空気が何度も下から上に上って行く。

女の子の黒色の髪は、その空気によって風を浴びているかのようになびいていた。

そして女の子の腕や首足元まで電線が伸びていて傷口はなんとも痛々しい。

・・・・・・・・・・・・穴?」

女の子の胸には大きな穴が開いていた。

ごっそりと・・・・・・

「うん。この子、心臓がないんだ」

「!」

ミネルの言葉に驚いた。

「まさか!」

「本当。心臓もないのに生きてる・・・・・・。最後の人間」

 「に・・・・・・人間!」

 俺はミネルを見た。

 ミネルはただ、その子を見つめていた。

 「『この世に生をもたらしたことが我々人間の不幸であり、この世で生きていくということが我々にとって呪いのひとつである』」

 「・・・・・・・・・・・・!」

 「インペリアで最初に見つかった古代の書物にはそう書いてあったらしいよ・・・・・・」

 俺は女の子の背中に翼がないのをこの目でしっかりと見た。

 「何かしけた話になっちゃったね」

 ミネルが急に俺に笑いかけた。

 「でもこの子は生きてる。僕らの仲間だよ!」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「まあ仲間だと思うのは僕ぐらいだろうけど・・・・・・」

 「・・・・・・ミネル?」

 「ここの・・・・・・シルメリアのみんなは人間を良いと思ってないから・・・・・・。」

 ミネルが悲しそうな顔をした。

 「こんなにすごい文化を持ってたのにどうして神たちは追い出したのかな・・・・・・」

 「・・・・・・そうだな」

 「ミネルー!」

 俺たちが来た入り口とは違う方から誰かの声が聞こえる。

 「ミネルいる〜?」

 「いるよー」

 ミネルは入り口に返事を返す。

 「誰か呼んでる。ごめん先帰るね」

 ミネルが両手を合わせて言った。

 「帰り道は分かると思うから」

 「分かった」

 俺の返事を聞くと、ミネルは入り口に向かって走っていった。

 残った俺は、また人間の女の子を眺めた。

 開かれないその目は、一体何色をしているのだろう。

 俺はゆっくり近づき、ガラスに手を当てた。

 ドクドクと鼓動のような音が掌に伝わってくる。

 「天界最後の人間・・・・・・」

 ゆっくりと左目を開ける。

 「お前も呪われていたのか?」

 『お兄ちゃん!』

 ナナミの顔が頭をよぎる。

 「・・・・・・・・・・・・」

 ザーザー・・・・・・ガガー・・・・・・

 「・・・・・・・・・・・・?」

 急にテレビの砂嵐の音が聞こえ始めた。

 音は大きくなったり小さくなったりしている。

 俺は足元を見た。すると何かボタンのような機械を踏んでしまっているのに気づいた。

 ガーガー・・・・・・

 『や・・・やっと完成・・かか・・出来た・・・・・・と・・・・・・う・・この・・・日・・・ってき・・・』

 急にそれに声が混ざる。

 俺は膝をつき、その機械が見えるように辺りのコードをどかした。

 『わ・・・・・・わが・・・・・・我が娘の死から半年。やっとここまで辿り着いた。そう、蘇るのだ!』

 年のいった男の声が聞こえてくる。音もだいぶ聞き取れるようになった。

 『我が愛しき娘を亡くしてから、どれだけこの時を待ったことか。娘が息を吹き返したのだ!

 人間の力を持ってすれば・・・・・・サヤも生き返るのだ!』

 「サヤ・・・・・・?」

 俺は女の子を見た。

 『心臓がなくなってしまった分、人工臓器を外部に取り付け副作用を押さえた。体はこのまま成長することはないが、いつまでも生き続けることが出来る。

 サヤ・・・私の可愛い娘・・・・・・お前の鼓動が聞こえる・・・・・・。

 帰ってきたんだね・・・・・・』

 こいつ・・・・・・何を考えてるんだ?

 死んだ人間を蘇らせて、何が嬉しい。

 『サヤ・・・・・・』

 そこで一旦、音が消えまた新たに声が入ってきた。

 『まさか・・・・・・こんなことになろうとは・・・・・・。

 神ども・・・・・・何が悪いのだ!

  我々は何もしていない!より良い生活にするためここまで科学を進歩させてきた。なのに何故我々が追放されなければならない!』

 「・・・・・・追放!!!」

 『おかいしい!間違っている!

 いや・・・・・・大丈夫だ・・・イヴ様が何とかしてくれる。

 人間王のあのお方ならきっと・・・・・・』

 「イヴ?誰だ?人間王?」

 音が一旦止まりまた始まる。

 『ドカーン!!』

 何かの爆発音が聞こえる。

 『止めてくれー!ここだけは!この器具だけは!

 何故!私は認めんぞ・・・・・・なぜ追放されなければならない!!!

 神々ども!

 サヤ・・・・・・サヤお前だけでも生きてくれ。

 生きて・・・生きて・・・・。

 サヤ・・我が愛しきむ・・・・・・むす・・め』

 ザー・・・・・・

 言葉は途中で消えていった。

 俺はサヤの顔を見つめる。

 「お前は・・・・・・」

 言葉が見つからない。

 サヤはただ大昔からと同じように、まぶたを閉じていた。

 大きな部屋は静まり、俺とサヤの鼓動だけが静かに響いていた。

 

 

 

 

 

 

  砂漠の中の太陽

届きそうなのに手を伸ばすと蜃気楼の彼方に消えていく

 歩くことだけを考えてただ進んできた今まで 

 何をしたいとか、何かを求めるなんてあの頃の自分にはない感情

 ただあれだけを目指して ただそれだけを見つめて

 今は違う

 この思いの通り 気の向くままに

 だから夢の花を咲かすことが出来る 枯らすこともなく

 ガラスの中の太陽 

飾るだけのその思い 今解き放て

 砂漠の中の太陽 蜃気楼の彼方まで追いかけて

 ビー玉の心と共に 進むべき道の上で

 見つめる先はあの太陽

 歩き出したその先は赤く燃え上がるあの・・・

 

 

 パチパチ・・・・・・。

 俺の後ろから手のたたく音が聞こえた。

 「いや〜お見事!」

 俺はふうっと一呼吸する。

 「・・・・・・なにが」

 俺は睨むようにボサボサ頭のそいつに言った。

 「え?歌だよ。う・た!」

 そいつは右の義足を難しそうに動かしながら歩いて来た。

 隣まで来るとどっこいしょと腰を下ろす。

 「何の用だよ、ライ」

 「別に何も・・・・・・ただ歌が聞こえたもんで・・・」

 ライはそう言って歯を見せた。

 「才能あるんじゃない?めっちゃ上手かったぞ!」

 「あっそ」

 「自分で作ったのか?」

 「いや・・・・・・昔妹が好きだった曲。

  『未来への希望を歌ってる歌だけど、どことなく悲しい』って・・・・・・そう言っていた」

 「ほ〜、お前には妹がいたのか!」

・・・・・・

ライは嬉しそうに言った。

 やられた・・・・・・。

 俺は頭を押さえた。

 突然強い風が吹いた。

 俺は前髪を押さえた。

 あれから俺は夕食を済ませ、インペリアを一望できる丘の上に来ていた。

 皆はまだ食事をしているため大きなたいまつの周りに人だかりが出来ている。

 目の前で太陽が赤々と燃え、平原の彼方に沈んでいく。

 「もう・・・・・・話してもいいんじゃないか?

  まだ信用できないのか?俺たちの事。俺はお前の事、信じているぞ!」

 ライの声に俺はため息をついた。

 「そう簡単に信じないでくれ・・・・・・」

 「いや!信じることは良いことだ!親父がいつも言っていた。」

 「・・・・・・」

 俺はもう一度ため息をついた。

 「俺は・・・お前らを利用しているだけだ」

 「・・・・・・ほう」

 「前にも言っただろう・・・・・・ある人を救うためにここへ来た、と」

 そう・・・・・・シラを救い、守るために・・・・・・。

 「俺の目的は・・・・・・呪いをかけられたこの体を元に戻すこと。

 そして、救いたいその人のために・・・・・・上神を殺すこと」

 「!!!」

 ライの顔が一度曇る。

 「あの軍事基地には上神の一人が来ていると聞いた。

 だから・・・・・・」

 だから俺はこのシルメリアを利用し、情報を得ようとした。

 シラを助けるためには、俺の呪いを解決するだけでは駄目なのだ・・・・。

 上神を消し、新しい世界にしなければ・・・・・・。

 シラを涙から救い出せない・・・・・・!

  ・・・・・・俺は・・・俺は上神を。

 「・・・・・・そうか」

 ライはあっさり言った。

 「・・・・・・!何も言わないのかよ・・・・・・」

 「何を言えと?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「お前にはお前の生きる道がある。俺にも生きてやらなければならない事がある。ここの全ての者に生きる道がある。少しでも生きる接点のある者が集まって、このシルメリアができた。

 お前もやらなければならない事があるのならその事をやればいい。そのためにシルメリアを利用したとしても、急に裏切ったりはしないだろう?」

 「・・・・・・」

 「言ったはずだ。俺は人を見る目がある方だって!」

 「はぁ・・・・・・負けた」

 ライはにっこりと笑った。

 「ライ」

 「何だ?」

 ライは丘からの景色を見ながら言った。

 「ビーストって一体何なんだ?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 俺の質問にライはピクリと動いた。

 「ここに来て何度もその言葉を聞いた」

 「そうか。」

 ライはそう言って真剣な顔で俺に言って来た。

 「ビーストってのは『異変種』という意味だ」

「異変種?」

「そうだ。ここの遺跡は古代の人間が作ったっていっただろう?その古代人間が作り出した機械から流失する有害物質のせいで天使、神の体が変化した人種の事をビーストっていうんだ」

「古代の人間が起こした・・・・・・環境汚染って事か?」

「そう、古代戦争が起こった原因もそのビーストの存在が明らかになったからだと書物には書かれている。

機械を作ったことにより新たな人種が生まれたことを神は知り、戦争を起こした・・・・・・。そして、人間をこの天界から追放した」

俺は、五大上神のフィールが同じようなことを言っていたのを思い出した。

フィールはそれから魔王が神に戦争を仕掛け、そして悪魔は地下界に落とされたと言っていた。

「そして古代大戦争後、ビーストは急激に増え始めたが、虐待やビースト狩り、戦争の兵器としての扱いによって今は姿を消しつつある」

「その中で、生きる場所をなくしたビーストや、訳ありの奴らの寄せ集めがここ、シルメリアだ。

ここは、神々に俺達の存在を見せ付ける最後の砦なんだよ」

ライは俺に向かってニコリと笑う。

「お前もビーストなのか?人間を憎んでるか?」

俺はライに質問しながら掌を見つめる。

「俺も、ルイもビーストだ。

 人間を憎んでるかと聞かれたら・・・・・・どうだろうな・・・・・・

 俺達は人間達のせいで迫害を受けてきた。

 でも、古代の人間には悪気は無かったんだ。

 よりよい生活のために機械を作った。

 それはこの遺跡の書物を読めば痛いぐらい分かる。

 人間を憎んでいないと言っては嘘になる。

 でも、俺達はそんなことより、生きる場所が欲しいんだ。

 人間や、神から受けた数々の不幸より、これからの幸せを・・・・・・

 これから生きていく場所が欲しいんだ」

 「ライ・・・・・

 「だから俺達はレジスタンスとしてここにいる」

 ライは突然吹き出した風を受けながら言った。

 「そういえば、お前今日ミネルと回ったんだろ?遺跡」

 「ん?ああ」

 「どうだった?」

 「まあまあ」

 「ふ〜ん」

 ライは俺を疑うように見た。

 「機械とかの感想もなしか?」

 「ん・・・・・・?」

 俺はまずいと思ったが、ライはニヤリと笑っただけだった。

 機械を知っているのかと聞かれると思った。

 そしてライは急に眉間にしわを寄せた。

 「ミネルとシルメリアを見て回ったんなら見たんだろう?あの人間を・・・・・・」

 「!」

 突然の話で思わずビクッとした。

 「どう思った?」

 「・・・・・・」

 「どう感じた?」

 「・・・・・・」

 「あいつは・・・・サヤは何のためにあそこにいるんだろうな」

 「・・・・・・何が言いたい」

 「いや・・・・・・あいつは自分自身が生きたいと思って生きてるのだろうか・・・・と思ってな」

 「ライ、お前あの言葉聴いたのか?」

 『サヤ・・・・かわいい娘・・・お前の鼓動が聞こえる・・・・。

 帰ってきたんだね・・・・・・』

 あの言葉が頭の中で聞こえる。

 「あいつは本当に生きたいと思って生きているんだろうか・・・」

 ライは沈んでいく太陽をただ見つめて淡々と言った。

 「生きる・・・か」

 俺は自分に言い聞かせるようにボソリと言った。

 『生きる』という意味は今の俺にはまだ分からない。

 今日もまたいつものように終わろうとしている。

 沈みゆく太陽は全てを赤く染め上げていた。

 俺達の心の中をも・・・・。

 



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