BLUE SKYの神様へ〜動き出した歯車〜
そう、俺はあの時死んだ。
心臓がピクリとも動かなかった。
悔しかった。どうして死ななきゃいけないんだって。
もっといろんなことをしたかった。
それに…。
それにもっともっと一緒にいたかった。
悔しかった…。
悔しかった…。
だから俺は…生まれ変わった…。
俺は十二階建ての病院の六階にある個室の窓に手のひらを当て、中をのぞいていた。
中ではキャッキャッと笑う女の子がベットに座っていた。見た目は十歳ぐらいに見えるが実際は十二歳。
ショートカットの髪に星飾りのついたヘアピンをつけている。
ハアとため息をついた俺の体がぐらつく。俺は大きく羽ばたいた。
「ナナミ…」
俺はぼそりとつぶやいた。
俺の名前はレイン。十六歳…人間だと…。
俺はもう一度大きく羽ばたいた。
俺の背中には大きな翼がある。もちろん偽物じゃない。偽物だったら六階建ての病院の窓なんかにいない。
俺は人間じゃない。俺は2年前に死んだ。…生まれ変わったと言うべきだろう。
天使って知っているだろうか。俺はその天使。まあ下っ端だけど…。
窓ガラスの向こうにいる女の子は、俺の妹のナナミだ。もちろん人間。
俺はその女の子をただ見つめていた。
「あんた、またこんな所でサボってる」
後ろから急に声をかけられ俺は体をぐらつかせながら後ろに振り向いた。
「ああ、先輩」
「何が、ああ、先輩よまったく…」
先輩は、はあとため息をついた。
この人はラタン先輩。俺より一つ位の高い天使だ。金髪で青い目、メイド服を着ている。交通事故で死に魂だけでふらついていた俺がこうして天使になれたのも先輩のおかげだ。
「あんた仕事は済んだの?」
「はい。今回は簡単だったので早く済みました」
そう俺たちは仕事をこなして飯を食ってる。まあ人間と一緒。天使だって飯はいるし。
天使の地位も決まっている。その上に神様がいる。神様も下神・中神・上神・最神となっている。最神は一人、つまり人間が考えている神様のことだ。俺も見たことがない。天使も神様もピラミット型になって上にいけばいくほど人数か減っていく。
俺は一番下っぱだ。
「あんたこれから次の仕事?」
先輩に聞かれてびくっとした。
「はい。なんかザラードベイスに来いって言われて…」
「はあ?ザラードベイスあんたそれ早くいったほうが良くない?」
ラタン先輩はありえないという顔をして言った。
「そうですか?」
俺は頬をかいた。
「呼び出しくらうなんてあんた何やったの?」
まじまじとラタン先輩が俺の顔を見てくる。
「何もやってないっすよ」
「じゃあ早く行っといで」
先輩はやる気なさそうに手をひらひらさせた。
まあどうせ怒られるのは自分ではないため、問題ないと解釈したみたいだ。
俺はプンと先輩に背を向け飛び立った。
俺…悪いことしたか…?
ここ数日の状況を思い出そうと日ごろ使わない頭をひねるが、一向に思い出せない。
長く伸びた緑色の髪が風になびく。
どんどん上昇し、雲をつき抜け天界にむかった俺は何かが起こる、そんな予感がした。
雲を抜けると大きな大陸が姿を見せる。まあ俺はその大陸を全て見たことないけど…。
そこは天界と呼ばれる大地。その中央には島が浮かんでいる。ザラードベイス「神々が住む島」。
その回りには「ホーブ・ザ・シーロ」天界の古代語で「神の目」という意味を持つ空洞があり、その下は人間界につながる空が続いている。天界唯一の抜け穴といわれているらしい。
で、俺が今日向かうのはそのザラードベイスだ。普通人間界に住んでいる天使は特別なことがない限り天界に来てはいけない事になっている。
ほかにも天界では羽を使って飛ぶのを禁止している。
何でかは知らないが、俺たち天使の羽はいつもは小さく縮小してあって、飛ぶときは両手をひらいたぐらいの大きさになる。だから天界にいるときは羽を収縮しておけということだ。
俺はザラードベイスに降りたった。足が付いたと同時に翼を収縮する。
大小さまざまな建物が並び、あちこちに中庭がある。見たこともないたくさんの花が咲きほこっていて形を整えた木々が植え込まれている。
俺はその風景にすっかり見とれていた。
「れれ?」
…そしていつの間にやら俺は迷子になっていた。
島の中央近くに来たとは思うんだが…。
島の中央は神様達が住んでいるところになる。俺みたいな下っ端がいてはいけない場所だ。
「俺はただ中央会議室に行きたいだけなのに…」
ハアとため息をついて川の流れる橋の近くで足を止めた。
水の流れが心地いい。太陽の光をあびた水が銀色に輝く。
と、
「……人?」
その川にかかっている橋の上に人影が見える。
人に道を聞いてしまえばこっちのもの。
何をしでかしたか覚えは無いが、早いとこ怒られて人間界に戻ろう。
俺は駆け出しその人へ声をかけた。
「すいませーん」
振り返ったのは女の子で、俺と同じぐらいの年みたいだ。
俺はぴたりと立ちすくんでしまった。
その子は青い髪を赤いリボンでポニーテールに結んでいてゆったりとした服を着ている。
そして大きな空色の瞳を輝かせて俺を見つめてきた。
俺の心臓は破裂しそうなほどのスピードで動き出した。
俺の顔が熱くなるのを感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
数秒の沈黙が続く・・・。
額に大きな水晶が埋めこまれているのを見て驚いた。
この子・・・・・・神様だ。
本来天使になる時は、普通自分体のどこかにペルゲ(神々に対する忠誠を意味する入れ墨のこと)を入れるんだ。そして神になる時にペルゲを消して額に水晶を埋め込む。
他にも天使になる時に髪の色が変ったり、耳がとんがったりする。
この子は見るからにものすごく地位の高い神様だ。
ボケッとつっ立ってた俺は我にかえった。
「あ…あの…中央会議室に行きたいんですけど…あ…迷子で…ザラードベイスに来るの初めてなんで…その…」
顔を真っ赤にしながらチグハグの言葉を話す俺を見たその女の子はクスッと笑うと右手の人差し指をある方向に向けた。
「あ、ありがとうございます」
俺はその神様の顔もろくに見ずに、ぺこりと頭を下げてその方向に俺は走り出した。
破裂しそうな胸を押さえて。
そう、この時すでに俺達二人の運命を決める歯車は動き出していた。
さっきの真っ赤になった顔とはうらはらに、今の俺の顔はかなり引きつっていた。
ここは、中央会議室。かなりの人数が入れるスペースがあり、窓や天井には色とりどりのガラスが埋め込まれていて、日の光が色を変えながら差し込んでいた。
その真ん中に半円を描いた机とそれに沿って五大上神が座っている。
五大上神とは、最神の次にえらい神のこと。
最神はなにがあっても表に顔を出さないのだが、五大上神は何かの会議や、イベントに必ず現われる政治家みたいなやつらのことを指す。
つまり、表から裏から何でもやるお偉い人と俺は勝手に解釈している。
そのおえら〜い人たちが俺のまん前にいるんだからさすがの俺でも緊張する。
下っ端の俺でも五大上神の名前ぐらい知っている。
一番左にいるのが上神ダスパル様。白髪がボサボサにうねっている。五大上神の取りまとめをしているひとだ。
主にザラードベイスの管理をしている。
その隣がおっとりのーてんきなおじいさん上神ジュラス様。あまり動かず、話さない人らしい。
人間界の天使の指揮をしているらしいが、仕事をしている姿を見たことがある奴はそういないとか。
その次が上神の中で一番若いヒィール様。女性に大人気で二枚目。
数年前に上神になったらしく、まだ管轄を持っていない。
その隣が…。上神ダーバラ。天界一の嫌われ者。こいつにはあることないことたくさんの噂がある。まあ、あえてそれは言わないが…。天界軍・中界軍の最高司令官だ。
俺は何回か姿を見た事はある。が、こんなに近くで見た事はない。
最後に唯一の女性上神フルーラ様。ものすごく美人で、ファンクラブが何十個もあるらしい。しかし、すでに百歳を超えたおばあさんだとかなんとか…。
天界の治安制御の担当。
「レインよ、よく来てくれた」
ダスパル様が低い声でしゃべりだした。
堂々とした声に俺は背筋が伸びる。
「天使でこの中央会議室に来れるなんて、すごいことなのよ」と、フルーラ様が自分の長い金髪を指にからませながら言った。
「さっさと始めてくれんか。ワシはこんな小僧のために割いてやる時間などないんだがね」ダーバラが言う。
ギッ・・・・と睨みそうになったが、我慢我慢。
「そうだな…。レインよお前は天使になってどれくらい経ったかのお?」
ダスパル様は俺に問いかけてきた。
「はい。2年です」
俺は緊張のあまり声が裏返りそうになりながら言った。
「では教育期間という制度を知っているかな?」
「…?いいえ」
俺は聞いたことのない言葉に首をかしげる。
「・・・・・話になりませんな」ダーバラが口をつっこんでくる。
「教育期間とは、2年経った天使に天界の歴史、地理などをそれ以上の地位についているものが教える期間のことだ」
ダーバラの突っ込みを無視しながらダスパル様は話す。
「その先生になる人が君にはまだいないんだ」フィール様が言う。
俺はフィール様を見ると、フィール様はふっと俺に笑った。
「それともう一つ。お前は3ヶ月間我々の天界軍に仮所属していたらしいな」
ダスパル様は自慢のひげをいじりながら言う。
「正確には中界軍ですダスパル様。レイン君そうだよね?」
フィール様が間違いを訂正してくれた。
「はい」
「そこでの成績は我々の耳にも入っている。仮所属だけとはいえ、3ヶ月でほとんどの武道をマスターしたらしいではないか」
「はい」
俺は質問に素直に答える。
ダスパル様の言っていることは事実だ。
俺は3ヶ月間中界軍に仮所属していた。そして武道のほとんどをマスターした。
人間の時からすでに柔道、剣道、合気道をやっていたし、天使になっても運動神経はずば抜けていた俺はその力を使うような仕事ばかりをしていたし。
その天界軍とは悪魔の地下軍を制圧するために作られた軍だ。
そして今は圧倒的に天界軍が勝っていて休戦状態にある。
そして、俺が所属していたのは人間界にいる天使の軍「中界軍」だ。
めったに活躍しないが、一応存在はしている。
「今、知ってのとおり我が軍も軍人不足だ・・・・・あ、いや、君に軍に入れといってはおらん。軍人不足でも若い天使を死なすわけにはいかんからな」
ダスパル様は俺の顔色が緊張でどんどんおかしくなったのに気付いたらしくやさしく笑いかけてくれた。
「……?」
「つまり、教育期間に、その素晴らしい運動能力をプラスして君にいい知らせだ」フィール様が言った。
「仕事…ですか?」
俺は単刀直入に質問する。
ダスパル様が一間おいてからゆっくりと言った。
「お前に最神の護衛についてもらう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
俺はどでかい中庭の渡り廊下を渡っていた。
まあ、さっきの会議で五大上神の言うことには。
その一 最神はとても暇人さん
その二 俺は教育期間で先生を募集中
その三 最神のボディーガードが軍の方に行ってしまった
その三点から俺は、最神に勉強を教えてもらうかわりに、護衛として側にいろ、という訳らしい。
トホホ・・・・・。
早く用件を済ませて人間界に帰ろうと思っていたのに・・・。
とにかく最神が住んでいる離れについた俺はドアを2回ノックした。
そっとドアを開ける。
日の光が差し込んできてまぶしい。
たくさんの本棚・・・・そしてそこにある椅子に腰掛けている人を見つけた。
そこにいたのは…女の子?
そう、あの時道を教えてくれたあの女の子だった…。
……何で?