BLUE SKYの神様へ〜始まりの時〜
「コップ下げますね」
優しくかけた俺の声にシラ様はコクンとうなずいた。
シラ様とは、最神様のこと。やっぱり護衛なんだからもっとフレンドリーでいこうと思って、俺はそう呼んでいる。
シラ様の護衛になって三週間。
俺の考え的にはもうそろそろ楽しくティータイムして仲良くなってると思っていたのだが・・・。
世の中はそう簡単にはいかないようだ。
楽しくティータイムどころかまだ一言もシラ様の声を聞いたことがない。
それは俺だけじゃないらしい。みんなシラ様の声を聞いたことはなかった。
いつもうつむいていて、一日のほとんどは本を読んで過ごしている。
まあ、まだ俺の話にうなずいてくれたりするから自分はいい方なのかもしれないなあと考えている。
何でこうなったかは知らないが、昔はよくしゃべる人だったらしい。
何故話さなくなったのか気にはなるが、何か聞いてはいけないような空気を感じ、まだ聞き出せない。
でも確かに俺が初めて会った時、少しだけど笑った気がする…。
気のせいか?
いや、そんなはずじゃあ・・・・。
「はあ・・・」
俺は大きなため息をついた。
考えても仕方がないことを何度も何度も頭の中で繰り返すのを首を振ってふりほどく。
俺はちらりとシラ様を見る。
シラ様は今日もポ〜ッと窓の外を眺めていた。
で、こんな状況じゃあ勉強どころじゃない。もう護衛というかお世話役というか…。
「今日はいい天気なので外に出てみましょうか」
俺が問いかけるとシラ様はコクンとうなずき、椅子から立ちあがった。
俺が先を歩き、ドアを開けた。
青い空が広がっている。
雲ひとつ無い空に一瞬見とれて、我に返る。
そして俺は一歩外へ踏み出た。
その時!
突然屋根から黒い影が飛び降りてきた。
「な!!!」
俺は反射的にそいつらをかわし、シラ様を部屋へ押した。
シラ様はしりもちをついて、こっちを見ている。
「そのままそこにいてください!」
俺はシラ様にそう叫んで、降りてきた影に構える。
現われたのはぼろ布をまとった男が二…三人。三人とも剣やナイフを持っている。
「何モンだ!お前ら!」
「…」
「答える気もないか?」
俺はそいつらに向かって睨んだ。
と、一人の男が俺めがけてつっこんできた。
普通の十六歳の男の子が刃物を持った男に襲われたときの対処は逃げるとか、出来てガードほどだろう。
向こうの男共も俺を単なる付き添い人のような感覚なんだろう。
「人を見かけで判断してると、怪我するぞ」
俺は向かってきた男の持っている刃物をヒラリと交わし、後ろを取る。
「な!!!?」
男はそれだけ叫ぶと俺の方に向いた。
俺は振り向いた男の腹にこぶしをおみまいしてやる。
男は腹を抱え、その場に倒れた。
「・・・・・・・っ」
他の男達はおれがただのガキではないことに気付いたらしい。
一気に構えの体勢にかわる。
「やっと本気ってとこか?」
俺はそう言って男達を睨んだ。
「悪いが、俺は最神様の護衛なんだ。甘くみられたら困るんだけど・・・・なっ」
そういいながら俺は一番近くにいた男に駆け寄って殴りかかる。
そいつはそれをギリギリかわし、持っていたナイフを俺に向けてきた。ナイフが俺の頬をかすめる。
「こんのっ!!!」
俺はそいつの後頭部を殴って気絶させた。
男は俺にもたれかかるようにずるずると倒れる。
もう一人は・・・・・?
俺は一瞬の把握ミスで一人を見失っていた。
「後ろ!」
そう声をかけられた俺は後ろを振り向いた。
真後ろには見失った男が俺の頭めがけて襲い掛かっていた。
俺は男の剣をはたき落とし、そのまま男を壁にぶつける。
腕を後ろにし、男が反撃できないようにして俺は言った。
「何しにここへ来た。誰の命令だ!他に仲間はいるのか!!」
「ぐ…。」
「答えろ!!!」
「もういいよ。レイン君」
そう呼ばれて振り向くと、そこにいたのはフィール様だった。
「見事だったね」
フィール様は落ち着いていて、俺の横まで来るとそう言った。
「いえ・・・・」
俺は男の腕を放し、フィール様の方を向いた。
フィール様は俺が問いかけていた男の腕をつかんで睨んだ。
フィール様の目が一瞬赤く光った気がして、俺の背筋がゾクッとする。
「ひっ・・・・・・・」
男はその一言だけ叫び震え出して腰をぬかした。そしてそのままヘナヘナと座り込んでしまった。
「もう大丈夫だよ」
そう言ってフィール様はいつもの笑顔に戻り、俺に言った。
その風景を見ていた俺は、ふとさっき「後ろ!」と言った声がフィール様じゃなかったことに気付いた。
まさか…。
俺は後ろを振り返りシラ様に近づいて膝をついた。
「おけがはありませんか?痛いところは?」
返ってくる言葉は無く、代わりにうなずく仕草だけだった。
やっぱだめか…。
俺は肩を落とした。
しかし、俺はその後、確かに聞いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
一瞬の事で俺は目を丸くする。
小さいけれど確かに…。
「ありがとう…」という言葉を…。
その瞬間、俺とシラ様の距離が少し…いやかなり縮まった気がした。
「いえ」
俺は無表情のままのシラ様に微笑みかけた。
あの事件から二週間。俺とシラの距離は瞬く間に縮まり、楽しい日々を過ごしていた。
少しではあるが、話してくれるようになったのは確かだ。
まあ話すのはほとんど俺だけど…。
取りあえず受け答えが出来るようになって今までより格段に接しやすくなった。
でも、シラが話しをするのは決まって俺がいるときだけで、他のものがこちらに注意をそそいでいると言葉を紡ぐようだ。
俺も他の人がいない時は様を付けづに「シラ」と呼ぶようにした。
その方が苦しくなく、俺もシラもいいようだった。
「次は歴史…」
シラが小さな声で言った。
「はあ〜…」
俺は分厚い本を見つめていた視線を上に向ける。
その途端。ドアが開き、メイドがティーセットを運んできた。
「あ〜。俺が運びますから」俺はそのメイドに駆け寄った。
「いえ…。仕事ですので…。」
「他の仕事があるでしょう?後は俺がやりますから…」
するとメイドは申し訳なさそうに俺におぼんを渡した。そしてそのまま一礼して部屋の外へと出て行った。
俺はメイドからもらったティーセットをテーブルに持っていき、2人分の紅茶を用意した。
そしてシラと反対側の椅子につく。
「っほ…」
大きくシラが息を吐き固めていた体を動かす。
俺はその顔色を覗う。
心底人を嫌っているようではないらしい。
やっぱりなんでこんなことになったのか気になる・・・・。
それに、なんで俺と同い年の女の子が最神なのかも気になっていた。
紅茶を飲みながら窓の外を眺めるシラを見つめ、俺は頭をかいた。
シラの過去を知るのはその日の夕暮れだった…。
俺はいつもどおり夕食を済ませ、自分の寝室に行くところだった。
昼間は俺が護衛をしているのだが、夜は仕事を終えた戦闘能力のあるメイドがシラの護衛をすることになっている。
渡り廊下を歩くと、真っ赤な夕日がいつにもまして明るく照らし、中庭の木々についている陰が長く細くなっていた。
夕日をシルエットに鳥たちが飛ぶ姿を眺めていた俺は、急に肩をたたかれ後を振り返った。
「どう?調子は」
そこに立っていたのは、さわやかな笑顔を作ったフィール様だった。
「あ…はい」
突然の上神との会話で俺は背筋を伸ばす。
「いいよ。そんなに堅苦しくしなくても」
フィール様はそう言って俺の肩をポンッとたたいた。
「この間の事件。みごとだったよ」
「ああ、ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げる。
「ここでの暮らしには慣れた?」
「はい。何とか…」
「よかったよ…やっぱり君にしてよかった」
「え?」
俺はフィール様の言葉に顔を向ける。
「君を最神様の護衛に推薦したのは僕なんだ・・・まあほかの上神に反対されたのを無理やりね…」
「ええ!?」
驚いた…。
まさか上神自らが俺を指名していたなんて!!
「まあ、楽しそうに話をしているところを見ると、最神様と仲良くなってくれたみたいだね」
その言葉を聞いて、俺は顔を曇らせる。
「どうかした…?」
「確かに…シラ…じゃあなくて…最神様とは話ができるまでになりました…でも…」
「何か悩み事?」
俺は目の前にある赤い手すりにそっと手を置き、それを見つめた。
「なんであんな明るくて…よく笑う子が…人を嫌うようになったのか、どうしても気になって…」
「・・・・・」
フィール様の顔が一瞬曇る。
「俺も…あるんです。誰とも話したくない、誰とも会いたくない…そんな時が…」
「君がかい…?まったくそんな雰囲気はないんだけどな…」
キョトンとしたフィール様を見て、俺は少し笑ってしまった。
「信じられないでしょうけど事実です。
誰ともしゃべらないで、部屋に閉じこもってました…。
だから…あいつの気持ちを少しでもわかってあげたい…」
「そっか…」
フィール様はそう言うと俺の横に来て、手すりに寄りかかった。
夕日を眺めるフィール様はやさしい声で話し出した。
「ちょうど四年前になる…」
「…え?」
「知りたいんだろ?…最神様の過去」
フィール様は俺の顔を見て笑った。
ほのかに空は暗黒の時を刻み、太陽の代わりに星々、に輝き始めていた。
紫色に色を変えていく空を見上げ、フィール様は静かに話し始めた…。
「あれは…ちょうど四年前、僕が上神になりたての時だった。
最神様もいろんな人とも仲良くしていた。そのころの事よく覚えてるよ。
あのお方は代々最神に任命される一族に生まれた者だから、生まれてすぐ最神としての仕事に就かれた。
上神になったといってもまだ未熟だった僕は、最神様の暇をつぶす相手を仕事としていた。あのころから本がお好きで、僕でも読めないような分厚い本を読んでいらした…。
それに学力、能力ともにとても優れていらした」
「能力って…あの?」
「そう、あの・・・・ね」
能力とは、神、天使、人間、悪魔がそれぞれ持っている力のことだ。
神や、天使は自然の力を何らかの形にして発生させるものらしい。
本来はみんな持っている力らしいが、今は優れた力をもっている人にしか扱えないらしい。
人間でいう超能力や、第六感、霊感などもその分類に入るらしい。
俺もそのぐらいは知っているが、力を持っている神や、天使にあったことは無かった。
きっとフィール様の能力者なんだろうなと思いながら俺はフィール様を見た。
俺の視線に気づいたフィール様は、耳をいじりながら話を続けた。
「それで、あの時も今みたいに戦争も休戦していて、それどころか内戦が始まるかもしれない状況になってたんだ」
「内戦…?!」俺は驚いた。
「今でもレジスタンスが戦争をおこそうとしている」
「今でも…!なんで…今はこんなにも…」
「こんなにも平和なのに…か?」
フィール様の顔が一瞬こわばったのを見て俺はぞっとした。
「・・・・・・・・・・」
「確かに、ここは…ザラードベイスは平和だ…。でもこの外にはザラードベイスに不安を抱く人たちがたくさんいる。なんでだか分かるかい?」
「…?」
「最神様が幼すぎるからといって、五大上神がすべての権力を動かしているからさ。そして今も、そのまま五大上神が権力をにぎっている…。
それどころか最神様を盾にして、自分たちは何でもし放題。すべて最神様のした事として、自分たちは正義の味方を気取っている始末…」
「そんな…」
「最神様は皆の悪者とされた…黒き神とよばれて…ひどいものだよ…」
フィール様は大きくため息をついた。
「多くの街などに最神の名義で事を起こし、その後上神の名でその事態を解決したように見せる。
そして、事件で出た利益を全て我がものにする・・・。それが上の戦略さ」
「まさか・・・・・」
おれはそれだけしか言えなかった。
信じていた上神の裏はそんなことになっていたとは・・・・。
「四年前のあの日…。最神様は一人で能力の練習をなさっていた。そのとき、この前のように見知らぬ天使が何人も現れたんだ。
僕たちは警報が鳴ったのを聞いて、急いで最神様のもとにむかった…。しかし…」
「…?」
「しかし…遅かった…」
最神様は無事なのだが…。
…襲ってきた天使は…もう…跡形もなく消えていた」
「どういう…ことですか?」
「そこにいたのは泣いている最神様とその周りにある大量の血…」
「!…じゃあ…」
フィール様は俺の言葉にうなずいた。
「その後からだよ…最神様がしゃべらなくなってしまったのは…。
上神たちもここぞとばかり悪事を働き最神様にその事実をなすりつけた。
僕が悪いんだ…。他の上神を止めることができなかったから。最神様を守ることができなかったから…。」
「・・・・・・・・」
俺はその話を聞いて言葉が出なかった。
「言葉も能力も使わなくなってしまった…。
今、最神様は能力を争いの道具と思われている…。
あの方の力はとても大きくて、魅力的だ…。
あのままにしておくなんて酷すぎる…僕は最神様の隠し持っている力を無駄にしたくない…」
「じゃあ何で上神様を止めないんですか!」
俺は少し、叫ぶように言う。
しかし、フィール様は
「無駄だよ…こんなにも最神様の心に深く傷を残してしまっては…。それに上神を止めようとすれば僕も最神様と同じように悪者扱いにされて、ここを追い出させれてしまうのが落ちだ…。そうなればもう最神様を見守る者がいなくなる」
「フィール様…」
二人はそのまま黙りこんでしまった。
まさか、シラにそんな大きな過去があったなんて…。
「それに…」
「…それに?」
「あ…いや…何でもないんだ…」
その途端、後ろから声がしてきた。
「フィール!」
そこにいたのは上神のフルーラ様だった。
長い金髪とロングスカートを風になびかせながらこっちに向かってくる。
「フルーラさん」
フィール様がよかかっていた手すりから離れた。
お邪魔そうなので、俺は退散することにした。
「それでは。お忙しいところありがとうございました」
俺はぺこりと頭を下げた。
「いや、いいんだよ…さっきの話は他の人にはしないでね…じゃあ」
フィール様はそう言うと、フルーラ様のほうに歩みよった。
俺はフルーラ様とは反対方向に向かって行った。
廊下の角に当たったところで振り返ると、仲良く庭を散策する二人の姿があった。
首を傾げつつも、俺はそのまま暗くなる廊下を急ぎ足で自分の部屋に向かった。
その時俺は胸の中にある決心を抱いていた。
次の日。
俺は中庭にあるベンチに座っているシラの前にゆっくりと歩いていった。
「シラ…」
「・・・・・」
「俺に能力の使い方を教えてほしい」
「…!」
急な発言に本から顔を上げ、目を丸くしているシラを俺は見つめた。
昨日のフィール様の話の内容もちゃんと理解できている…。シラが話さなくなった理由も知ってる…。だからこそ…俺は…
「頼む…。教えてくれ…」
快晴の青空。ほのかに風が吹き、俺たち二人の髪をなでた…。
始まりの時を乗せて。