BLUE SKYの神様へ〜修羅場と飛行〜
「驚いたな〜」
俺はついつい声を漏らす。
「まさかこんなにインペリアが大きいなんて・・・・・」
俺はぽかんと大口を開けながらスグローグの後を歩いている。
「まぁな。古代の人間が使っていたものを、そのまま使っているからな」
「ふ〜ん」
俺たちは今、インペリアの周りを囲う塀の外を回っている。
塀は俺の背の約3倍はあり、分厚く、なかなか突破できそうにないものだ。
流石、古代3大戦争の時に作られた防御壁だけある。
半日かけてやっと半分の距離を歩いた俺たちは、一旦昼食を取り、また見回りを再開したところだった。
こんなに広い範囲の見回りは困難な為、何チームも別々に見回っている。
朝にも3チームとすれ違った。
「しかし、皮肉なもんだな」
「何が?」
「わしたちは人間の環境破壊でこんな姿になった。恨むべき奴等なのに、今はその人間の住処で生活している」
スグローグがそう言った。
「・・・・・・・・」
「やはり、ビーストの運命は人間と何か関係あるのだろうか」
スグローグは俺に背を向けながら言う。
俺は何も言えなかった。
今ビーストは虐待やビースト狩り、戦争の兵器としての扱いによって今は姿を消しつつある。
シルメリアはそのビースト最後の生活拠点であり、軍に抵抗できる砦なのだろう。
「スグローグはいつここに?」
「わしか?・・・・・・・わしは、わしらの種族が暮らす村から追い出されてな。ダングと逃げ出したんだ」
「追い出された?」
「ああ・・・・・・。ダングはわしらの種族では少し違ったのだ」
「・・・・・・・」
「人の姿をしておる。
普通、わしらの種族は男が獣の姿。女が人の姿をしておる。しかし、ダングは男なのに人の姿で生まれた。
ただ、それだけの違いだ」
「そんな、くだらない」
「そう思うだろう?わしらビーストは神、天使の中で迫害を受けてきた。
それを分かっているのに、その中でもダングの様に少し違う者を化け物という・・・。
だからわしは村を出た。幼い赤子のダングを連れて。
彷徨うわしらは気付くとここにいた」
「・・・・・・・すまなかった」
「何がだ?」
「いや・・・・・・」
言いたくない過去を聞いてしまった。
俺の戸惑う姿を見て、スグローグはフッと笑った。
「いいのだ。むしろ聞いておいた方がいいと思う。
わしらシルメリアの住人のほとんどがこんな厄介者だ。
その厄介者をかき集めたのがアレク。
今の長ライ、そしてルイの今は亡き父親だ」
「それは聞いた・・・戦争中死んだとか」
「ああ。ライを庇ってな。良い死に方だった」
「母親は人魚だとか・・・」
「ああ。何か訳有りみたいだったそうだがな」
「珍しいな。天使とビーストのハーフなんて」
「それが町での暮らしが出来なかった原因らしい」
スグローグはそこまで言うと、一旦立ち止まり辺りを見回す。
「異常ナシ・・・」
俺はベルトに吊るしている水袋を取り、少しばかり喉を潤す。
「まだ聞きたいか?レイン」
俺は急に聞かれて驚いたが顔の緩んだスグローグを見ると、嫌そうではない為答えを返す。
「ああ・・・・・・・」
スグローグはまた俺の前を歩き出し、話を始めた。
「サリエルも訳有りの一人だ」
「あの黒の羽か?」
「その通り。
あの子の父親は悪魔なんだ」
「な、何!!」
俺は思わず声を上げた。
「本当だ。母親は普通の天使。しかし、父親は悪魔だった。
もちろん、天界に悪魔が単独でいることは死を意味する。
敵の陣地で生活し、ましてや天使との子どもをもうけるなどもってのほか。
すぐにばれ、父親は公開処刑。
母親も同じ刑になるはずだったが、何とか逃げ出した。
しかし、母親は逃げ出す時に受けた傷で力尽きたらしい。途方にくれたサリエルはここに行き着いた。
サリエルは亡骸の母親の乗った馬と一緒にここに着たんだ」
「・・・・・・・・」
「アグニスも、カイホンもビーストである為、世界から切り離された。
そんな奴等がこのシルメリアにはごろごろいる。
お前も、だろ?」
「あ・・・・・・え・・・」
「ビーストではないが、何かあるのだろう?」
「・・・・・・・・・・」
俺は急に話しを振られてビクッとする。
最近こんなことがよくある。
「もうすぐ森を抜けるぞ」
話を切ったスグローグが言った。
俺が前を見ると塀の続く先は森が消えている。
少し歩くと、そこに断崖絶壁が顔を出した。
その崖を沿うように塀は続いている。
「すごいな・・・この崖」
「このおかげで軍の奴等もなかなか手が出んのだよ」
スグローグが言っている意味が分かったのはその崖の先を見てからだった。
その先にはうっすら塔の様なものが見える。
「あれは・・・・・・」
「軍事基地だ」
うっすらの為、何がどうなっているのか分からないが、そこに上神の誰かがいると思うと手が震えた。
「おい。先に進むぞ」
スグローグの声で我に返った俺は急いで後を追う。
崖と塀の間に何本か生えている木をよけながら、俺は平原を見つめていた。
何もない、何にも・・・・・・・。
まるで今日見たあの夢の中のような。
と、進んでいく先に何かが見える。
それは崖の下近くにドンと構えている。
「おい・・・あれは・・・・・・」
俺の質問にスグローグは歩くのを止めそれを見つめる。
「ああ。古代の人間が戦争に使った兵器だそうだ」
そう、確かに戦争に使う物・・・・・・・。
しかし、そいつは錆きっていて、植物に埋め尽くされていた。
「戦車・・・・・・・」
「なに?レイン今何と?セ、センシャ?」
「ああ、戦車。人間の兵器」
「あの鉄の塊はセンシャと言うのか?」
スグローグは関心して言った。
しかし、俺の心の中は動揺していた。
俺の知っているモノと全く同じ、戦車の形。
何で・・・・?
どうして全く同じなんだ?
「どうした?」
スグローグは心配そうな顔をして言う。
「いや・・・・・・何でもない」
人間の作った物・・・でも、ここは天界だ。
古代にしか存在しなかった人間の技術が今の人間界と同じ・・・いやそれ以上なのはわかってる。
しかし、何故その技術が今の人間界で使われているんだ?
何で全く同じ道を歩んでいるんだ?
「何でもない」
俺は自分に言い聞かせるように首を振った。
そう、ここでこんな考えをめぐらせても仕方がない。
俺は少し早歩きでスグローグの前を歩き出す。
「光った・・・・」
「何が?」
スグローグの言葉に俺はスラリと問う。
「そこのセンシャが少し光ったのだ」
「別に不思議じゃない。鉄だし、ミラーもある。行かないのか?このままだと夕食に間に合わないぞ?」
俺はそう言い、歩き続けた。
「おい、おい!」
「何だ!?」
「おい!!!」
「だから何だ!」
俺は少しキレ口調で答え、後ろを振り返る。
すると、急にスグローグが俺に向かって飛び込んでくる。
「ふぬぁ!」
ドシン!!
俺はスグローグと一緒に倒れ込む。
スグローグは狼だか、やはり重く、しかもかなりの勢いだった為、衝撃が大きかった。
「いっっって〜。何するん・・・・・・」
そう言いながら起き上がった俺の頬に、シュッという音が通る。
「な!!」
気が付くと頬から血がたれている。
「敵だ!隠れるぞ!!」
スグローグの言葉に俺は急いで立ち上がり、近くに生えている木に隠れる。
スグローグも隣の木に身を隠す。
「何だ!急に!」
「分からん。急にお前の言うセンシャの物陰から現れ、撃ってきた」
その話の合間にも次々と矢が飛んでくる。
「マジかよ・・・・・・」
「しかし一人だ」
「一人で?」
俺は手元に刺さってきた矢を抜き、調べる。
見たことのあるエンブレム。
「しかも、軍人みたいだ」
「何を考えておるのだ?」
俺はスグローグと目を合わせる。
声をかけなくてもお互い分かっている。
これが修羅場だということを!
「どうするんだ?このままだと反撃も出来ないぞ!」
何本もの矢が飛んでくる崖下を覗きながらスグローグに叫ぶ。
「うむ・・・。やはり接近しなければ何も解決できまい」
「一体どうするんだ!目の前は崖だぞ!」
「飛び降りるしかないだろうな・・・・」
「は?」
俺は驚いてスグローグを見つめた。
「と、飛び降りる?」
「ああ・・・・・・」
「どうやって!?」
「合図をしたら俺の体にしがみつけ。そのまま崖を飛び降りる」
「その後は!?」
「お前は翼を広げる。そして無事着地」
俺は順に考えていくが、どうしても最後が納得できない。
「おい。スグローグ・・・・」
「何だ?」
「お前は最後に翼を広げろと言ったな?」
「そうだ」
「どうして無事に着地できるんだ?俺に空を飛べ、と?」
「その通り!」
俺は少し座り直し、もう一度改めて聞いた。
「スグローグ・・・・・・・。
俺、というか・・・天界の人々は翼を使って空を飛ぶことは禁止だろう?」
俺は一応中界で空を飛んでいた。だが、ここ天界では話が違う!
天界には何か特殊な方法を使って空を飛べないようになっていると聞いている。
その特殊とはいまだに何か知らないが・・・。
スグローグは俺の不安そうな顔をチラリと見ると、どこか遠くを見るように目を泳がせた。
「いい事を教えてやろう。
昔・・・ではないが、あるところに元気でやんちゃな、そして生意気な男の子がいた」
「は?」
「男の子はある日、仲良しの眼鏡小僧に聞かれた。
『どうして僕たちは翼があるのに、空を飛べないの?』と」
「おい?スグローグ?」
「男の子は言った。俺は飛べると。
しかし、眼鏡小僧はそう信じてくれなかった。
だから男の子は翼を使い、飛んで見せた。
その子の足が地面から十センチほど離れた瞬間。
急に吐き気を感じ、男の子は地面に落とされた。
それからその子は一日中洗面台から顔を上げなかった・・・・・」
「・・・・・・・・・それって」
どう考えても、ルイとミネルの実話であることは確かである。
「つまりかなり辛いのでは?」
「今回は飛ぶのではない。浮くのだ!」
「んな無茶な!!!」
俺の言葉に少し哀れみの顔をしたスグローグは急に立ち上がった。
「行くぞ!」
「ちょ・・・ちょっ!待て!!」
スグローグは俺の言葉も聞かず矢の間をかけぬけ、崖へと突っ走っていく。
「ったく・・・・・・」
俺もスグローグに続き、真横につく。
「飛ぶぞ!」
そう言ってスグローグは崖へ飛び込む。
俺は足を浮かせ、スグローグの体にしがみつく。
スグローグの獣足でかなりの距離を跳び、そのまま地面に吸い寄せられる。
「広げろ!」
「・・・・・・ック!」
俺は思いっきり翼を広げ風を捕まえた。
「くっそおおぉぉぉぉ!!!」
翼に力を入れ、自分の重みとスグローグの重みを支える。
右腕に矢がかすり、痛みが伝わる。
「・・・・・・ッ」
と、地面まであと3メートルあまりの頃、急に体にしびれを感じ、吐き気を覚えた。
「ック・・・・・・」
限界に達し、俺は翼を収縮する。
俺達は急に速度を増して地面に向かていく。
スグローグは俺の腕を振り払いすばやく地面に着地し、敵に向かう。
俺は体のバランスを崩し地面に思いっきり背中をぶつけ、着地した。