BLUE SKYの神様へ〜三つの呪い〜



「すまんね。待たせて」

主人が洗い終わった皿を布巾で拭きながら、俺に話しかけてきた。

「いや・・・」

俺は短く返事を済ませ、コップの中の酒をまた飲み、出されたつまみの木の実を口に入れた。

何だかんだ言って騒動を止めたお礼と、ザマンの所に案内してくれるとルシーナが言うので、俺は昼下がりの店が落ち着くまで待っていた。

店にはもう人はおらず、壊れた机や椅子は裏口に回された為、中はガランとしていた。

「もうちょっと待ってて!」

ルシーナが厨房から少し顔を出すとそれだけ言い、また奥に引っ込んだ。

「いい娘だろう?

優しいし、働き者だ。まぁ気の強いのはわし似だから治らないがな・・・」

主人はルシーナの背中を眺めながら言った。

「・・・」

俺は何と言えばいいのか分からず、もう半分近くなくなったファンダ酒のビンに手をだし、コップに注いだ。

「なあ・・・」

主人は俺に顔を近づけると言った。

「お前、うちの娘もらってくれないか?」

「!!!」

俺はその言葉に思わずゲホゲホとむせた。

「いい娘だろ?

すぐに無理ならここで働きながら考えてもええ。

あんたがうちに来てくれたら人手が増えるし、グルタみたいな客もおとなしくなる。一石二鳥だ・・・エデッ」

話している店の主人にルシーナは持っていたお盆をものすごい勢いでなぐりつけた。

「ちょっと!何言ってんの!」

親父はルシーナのせいで出来たこぶをさすった。

「こんなにいい客、そういないぞ?」

「この前もそう言って旅の人に迷惑かけてたじゃない!」

「あ・・いや・・知ってたのか?」

「当然でしょ」

ルシーナはふいっと首を振った。

「さ、行きましょう」

「ルシーナ。この町の奴らは使えん奴ばかりだ。

こんないい話他に・・・」

店の主人は俺をチラチラ見ながら、ルシーナに話しかける。

ルシーナは父親を殴る体勢に入った。

「あ〜分かった。分かった」

ルシーナの体勢に主人は言った。

ルシーナは俺の手首を掴んでグイグイ引っ張る。

「行きましょ。あんな人ほっといて」

俺たちは店の前で伸びている巨大な生物・・・いや、グルタを飛び越え、町の市場の方へ向かった。

市場は閉まりつつあった。果物も、魚も、店先にはほとんど残っていなかった。

俺より少し前を歩くルシーナは怒っているような、恥ずかしがっているような顔をしている。

俺は少し早歩きをし、ルシーナに追いつくと、足並みをそろえた。

「いい父親じゃないか」

「普段はね・・・でも、ああいう所は大嫌い」

「でもちゃんと娘の事を考えているんだし・・・」

「母さんが4年前に死んでから、途端に婿探し始めて・・全く、そんなことしても・・・」

ルシーナはちょっと拗ねた口調で言った。

「母親に心配かけさせたくないんじゃないか?」

「それは、分かる・・けど・・・。

でも、だからって自分の娘を嫁にしないか?って言われたら、たまったもんじゃないでしょう?」

「自分の事を考えてくれる人たちがいるっていうことはいい事だと思うが?」

「勿論、親が自分の子供を心配するのは当然じゃない?

でも、父さんの場合心配しすぎなのよ。そう思うでしょ?」

「さぁ・・俺は親の存在を考えたことないからな」

俺が何気なくしゃべった言葉にルシーナは立ち止まった。

「・・・何だ?」

「・・・ごめんなさい・・あの・・そんなつもりじゃ・・」

「ああ、気にするな」

それだけ言って俺は、前を向いて歩き出した。

少し歩くとずっと続いていた家並みが消え、雑木林の中に小さな小屋が見えた。

近くまで行くと、小屋はもっと小さかった。

「ここで待ってるか?」

俺が聞くと、さっきの言葉にまだへこんでいるルシーナは小さくうなずいた。

俺は小屋に近付き、ノックをしようとした。

が、俺の手に逆らって扉はゆっくりと開いた。

「入って来い・・・か・・」

俺は入り口に誘われるまま、中に入った。

中は真っ暗で、何本もの蝋燭が火を灯している。

「何の用だい?」

奥から低い老婆の声が聞こえた。

何かが動いたのか、蝋燭が揺れる。

俺は一歩まえに出た。

「座りな」

そう言ってゆっくりと暗がりから出てきたのは、腰の曲がった老婆だった。

白髪を肩まで伸ばし、たくさんのネックレスとそれに負けないほどのしわが首についている。

俺は老婆の前にあぐらをかいて座った。

「何が望みだ?何か嫌な力を感じる」

「分かる・・のか?」

ザマンの目は迷わず真っ直ぐ俺をとらえている。

「訳あり・・・か」

「あぁ・・・」

俺は短く返事を済ませた。

ザマンは小瓶の蓋を開け、一口飲んだ。

そして、隣にある別の小瓶の蓋を開け、また飲む。

俺は服を脱ぎ、上半身裸にして、背中を見せた。

ザマンは次の瓶に手をかけようとしたのをやめ、俺の背中を眺めた。

「驚いた・・・こんなにくっきりと描かれた紋章は初めて見たよ」

ザマンの冷たい爪が背中にあたる。

「この紋章を消す方法を探しているんだが・・・」

ザマンは背中を見るのを止めて、俺の前に座った。

「なら、その左目も見せてくれないか?」

「!!」

俺は少しためらったが、仕方がなく左目を開けた。

「・・・・」

「・・・・」

俺の目を見つめるザマンは少し間をあけた。

「この紋章を・・・ね・・・。

この目もだろう?」

「・・・・」

俺は無言で肯いた。

ザマンはまた他の瓶を取り、中身を飲む。

そして、話出した。

「お前は三つの呪いをかけられている。」

「三つ・・・?」

「そうだ。

一つはその目と紋章だ、何の為の呪いかはわしには分からん。

しかし、何か重い感情と、強い力を感じる。

二つ目はその呪いと連携して起こっているようだ。

お前、最神と話をしたことはあるか?」

「・・・・ああ」

突然シラのことを聞かれて驚いたが、俺は答えた。

「では、その呪いを受けてから話したか?」

「・・・・」

少し考える。

会いには行った。だが・・・

「言葉が出なかった・・・」

「そうか・・・」

「それはどういう意味だ!」

「それは・・・」

ザマンは瓶を握り、一呼吸置いた。

「私の口から言ってはいけない。

その真実はお前が見つけていかなければいけない」

「・・・・」

ザマンは俺を見た。

「三つ目は・・・・。

お前は中界の出身だろう?」

「何故それを?」

またの発言に俺は声を上げた。

「お前の魂が言っている。

で?どうなんだ?」

「・・・確かに俺は人間だった。

それが関係あるのか?」

「お前は何故人間が天使に生まれ変われるのか知っているか?」

「・・・?」

「天使や悪魔は死ぬと霊魂だけが抜け、すぐに次の体に生まれ変わる。

しかし、人間はその思いの強さで、霊にでも、天使にでもなれる」

「それは・・・」

そういえばそうだ。

俺が天使になった時は妹のナナミのことを考えてたから・・・なんとも思ってなかった。

「それも、呪いの一つだよ。

人間全てにかけられた呪いだ。

誰が、どうかけたのかは・・・わしには」

「また、言えない・・・か?」

ザマンはフッと少し笑った。

そして真剣な顔で言い出した。

「わしはそこまでしか言えない。

しかし、あんたはもう、この紋章と目は何なのか、そしてどんな運命をたどる事になるのか分かっていると思うが・・?」

俺の奥底に眠っている思いをザマンはいとも簡単に掘り起こした。

蝋燭の炎は、風もないのに激しく揺らめいていた。

 

 

 

俺は静かに小屋の入り口を開け、外に出た。

木陰に座って待っていたルシーナがすばやく立ち上がり、こちらに向かってくる。

「どうだった?何を話したの?」

「・・・・」

「ねぇ」

「・・・・・」

「結局、何か言いたくない話になると無言なのね・・・」

ルシーナははぁとため息をついた。

俺の心の中はたくさんの思いでいっぱいで、ルシーナの言葉さえ右耳から左耳へと突き抜けていった。

三つの呪い・・・。

助けるために

 「・・・ん?何か言った?」

 「いや・・・。」

俺たちはいつの間にやら市場まで帰ってきていた。

「ちょっと、お嬢さん」

後ろから声が聞こえる。

「君、この先の宿屋のお嬢さんだよね?」

そこには少しやせたおじさんが、息を切らせて立っていた。

「はい。そうですが・・・何か?」

「見つかって良かった。大変だよ・・・あんたの店が・・店が・・」

「店に何かあったんですか?」

ルシーナは息の上がるおじさんに駆け寄った。

「あんたの店が・・・今、盗賊に襲われてる!」

「・・・・!」


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