BLUE SKYの神様へ〜悪夢の中で踊れ〜
「っ…」
俺はゆっくり目を開けると、そこには厚い雲に覆われた空が見えていた。
「…こ・こは?」
体を起こそうと少し動く。しかし体が思う様に動かず、うなり声を上げた。
「救世主様!」
コスモスが俺の体を支えてくれ、やっとの事で起き上がった。
「大丈夫ですか?気分は?」
「ぁ、ああ…最悪だよ…」
体にはあちこち切り傷があったが命に別状は無いようだ。そんなに流血もしていない。
刀も右手に握ったままだった。
「やっとお目覚めか?」
少し離れた所の岩に、ルイが背を向け腰掛けている。ブスッとした言い方だが何となくその声を聞いて安心した。
俺は左目が開いていない事を確認して腰を上げた。
「・・・・・・・・っ」
立つと同時に激痛が走る。
「足首に火傷を負ったみたいだな。」
隣りにいたクレシットがそう言って、倒れかかる俺に手を貸してくれた。
左足を見ると赤くただれていた。
「まあ、あんだけの人数とやりあったんだ。
これだけの傷で済んだ方が奇跡だぜ」
肩に布を捲いた赫菊が言った。
辺りを見回すと、そこは戦場のど真ん中で、
わずかなビルのガレキに隠れていた。
俺達五人以外は誰も。
俺はクレシットの肩を借りてルイの隣りまでたどり着いた。
時は夕暮れ。太陽は戦場の地平線に消えようとしていた。
俺は足をかばいながらゆっくり岩を登る。岩は俺の肩ぐらいの高さで、平べったい。
クレシットは支えていた手をそっと離し、岩の横にたった。
俺はルイの隣りに座り、ルイの見ている景色を眺めた。
「……。」
言葉が出なかった。そこはまさに地獄…。戦う者もおらず、一面血と死体が広がっている。俺の夢と同じ光景…。
『曇った空が浮かぶ草原に立つ、返り血を浴びた俺。
血で染まった刀を握り、天を仰ぐ・・・・。
空がますます黒く厚い雲に覆われるといつの間にか雨が降り始め、俺はまるで何かに訴えるように叫びだす。
そこで夢から覚める・・・』
「ぁ…」
頭が痛くなる。さっきまでの記憶が甦る。
「いや…だ」
人々の叫ぶ声…。
刀のぶつかる音…。俺はさっきまで人を殺していたんだ…。人を…。顔も、名前も知らない人を…。
「いやだ…」
体がガクガク震える。指先の感覚が消えていく。
「救世主様?」
コスモスが俺に声をかける。
「いやだ…」
自分が血まみれだと気付き、更に記憶が鮮明に蘇る。
「おいっ!」
ルイが俺に手を当て、叫ぶ。
「分からない…嫌だ…いやだ!」
俺は何をしているんだ…。何の為にいるんだ…何故人を殺すんだ…。
息が荒くなる。呼吸が出来なくなり、ゲホゲホと噎せる。
「まずい!レイン、落ち着け!息をゆっくり吸え!」
クレシットが俺の肩を叩き叫ぶ。
「ぁ…ケホケホ…!」
息…吸わなければ。どうやって…息…。
『死にたくない!死にたくない!』
あの時の…一度死んだあの時の記憶が!
柱にぶつかったトラック。人の叫ぶ声。ペシャンコのケーキ…。
血まみれで横たわる、俺…。
『ナナミ…』
死、死にたくない…。俺は…俺は!
息を…でも体が硬直して…。苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい・・・・・・。
『どうして・・・・。
どうして俺は生まれたの?
どうして、ナナミだけ特別なの?
ねぇ・・・ダレカ・・・俺はここにいるよ・・・。
ここに・・・いるんだよ・・・なのに・・・。
ナナミなんか・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ナナミなんか・・・・消えてしまえばいいのに・・・・』
「違う!!」
昔の感情・・・昔の記憶・・・。
違う!あれは俺の感情なんかじゃない!!
俺はクレシットの手を振り払った。
「違う!違う!ちがうちがうちがう!!」
「レイン!」
クレシットの声が遠くで聞こえるような気がする。
そう、俺は・・・・・。
消したんだ・・・・・。
たくさんの命を・・・・消したんだ。
この手で・・・。
俺も・・・・消えるんだ・・・。
あの時みたいに。
ナナミの前から消えたように。
真っ赤に染まって。
手も、顔も、体も・
真っ赤になって・・・。
消えるんだ。
命を消すんだ。
「チ・・・ガウ!!!」
息が出来ない・・・声が出ない。
「俺は・・・俺は・・・いやだ・・・」
俺はもう一度ゴホゴホとむせた。
クレシットがまた俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だ…ゆっくり…」
クレシットの言葉と肩においている手の暖かさが体に入ってくる。
「ゆっくりだ…ゆっくり…」
俺はクレシットの言う通りゆっくり息をし始める。
息をした途端、周りの風景が鮮明に見え始める。
「そうだ…大丈夫。我々は生きている。」
そう言ってクレシットは俺をゆっくり抱く。
心臓の鼓動が聞こえる…。
「…生き…てる…」
「そうだ。お前はまだやらなけれはならない事がある」
「やらな…ければ、ならない…」
俺のやるべき事は…
「シラ…」
そう…!俺は!
「クレシット」
俺はそう名前を呼ぶと同時に完全に意識を取り戻した。
「落ち着いたか?」
「ぁあ…」
クレシットはすまなそうな顔をした俺の肩をポンポンと叩いた。
「あれだけ辛い戦いを生きぬいたんだ、無理もない…。
それにお前は戦場で戦った事はなかったのだから、情緒不安定になっても仕方が無い。
恥じる事はない。」
コスモスが俺の服の裾を引っ張る。
「大丈夫ですか…?」
「ぁあ…悪かった」
事故のトラウマが俺を襲うのも何度かあったが、ここまでひどいのは初めてだった。
それに・・・ナナミのあの記憶・・・・。
「正直びびったぞ!」
赫菊が俺の肩をポンポンとクレシットと同じように叩いた。
「…ったく」
ルイがコスモスを気にしながら言う。
「どうする…コイツも動けるようになったんなら、一端本部に戻るべきじゃないのか?」
「そうだな…皆怪我もしているし、体力も尽きた…
それに今の状況を把握出来ていない我々がむやみに戦ってもいけまい。
奴等も日が沈めば、戦うことも出来ないだろうし…」
クレシットが俺の肩に手を当てたままそう言った。
「他の奴等の方も気になるしな」
赫菊が付け足す。
その言葉を聞いてルイが動き、自分の竜に寄って行く。
コスモスもルイに着いて行った。
「……」
目の前を見つめる。悪夢の景色…。まだ体が震えている。
俺は岩の上に立ち、刀を抜いた。
そして自分の手の甲を斬りつけた。痛みが体全身に渡る。
「レイン!」
クレシットは俺の腕を強く握り、叫んだ。
しかし、俺はすぐ刀をしまったため体を押さえようとするのをやめた。
止めどなく流れる血を見て、俺は大きく息を吸った。
大丈夫…まだ生きてる。
まだ生きてしなければいけない事がある。
俺は消えない。
昔みたいにはならない。
もう、あの頃の俺はいない。
消えない・・・・消えない・・・消えたりなんかしない。
「おい!」
待ちくたびれたルイが叫んだ。
「ああ…悪い」
俺が振り向こうとした瞬間、薄暗い平野がかすかに光った。
そして、その光りはこっちに向かって伸びて来た。
「伏せろ!」
俺が後ろに向かって叫ぶと同時に、光る物体は赤い炎を辺りに撒き散らした。
目のかすむ光線と、爆風で辺りを見ることが出来ない。
その時、煙の中からコスモスの甲高い声が響いた。
「コスモス!」
俺は煙の中に飛び込み、コスモスを探した。
「ぃやあああああああ!」
コスモスは地面に座り込んで泣いている。
「コスモ…」
コスモスが抱えていたのは血まみれのルイだった。
「ルイ・・・・・・・・・・!」